173.由緒正しき平民(168.169)
「イトくんは、なんか、おうじさまって感じがするけど、ソーニャちゃんが『おひめさま』は、ないよね」
「そうだよねー」
「「「ねー」」」
元々大神殿には孤児院は無く、今回の騒動で『聖都』にあった孤児院の院長と職員が相次いで消失、死亡してしまった為、孤児達を纏めて此処に連れて来たという経緯がある。ソニアと出身が同じ者もいるので、その子ども達からすると「嘘をついている」となるのだろう。
ソニアは『聖都』で煙突清掃を生業としていた祖父との二人暮らしだった。祖父の元に旅芸人の男優を追いかけていった一人娘が身重になり帰宅し、女児を産んだ後に家出をして行方知れずだ。祖父の事故死で面倒を見る者が不在になり、孤児院に身を寄せることになった。
『由緒正しき平民だね!』
剣のくれた情報で此処に至る経緯はわかった。が、『お姫様』を自称するのは何故なのか、さっぱりわからない。聞き取りをしたアスタロトの説明で、俺が理解できると良いのだがなぁ。
「ガン様、大丈夫?おいしい?」
「ん、あぁ」
考え事をしながら食べていた所為か、難しい顔をしていたらしい。イトくんが心配して声を掛けた。
「うむ、美味い。しっかり味わって食べないと、勿体ないな」
俺が元いた世界もそうだが、この世界でもこのような白く柔らかいパンは王侯貴族でも食べたことはなかったようだ。それが、普段のおやつに振る舞われる贅沢さ。だがアスタロトにしてみれば自分の中の常識を再現しているだけなのだろう。『一般市民』の身分だと言うが、ではその世界はどれだけ裕福なのだろうか。
皆、食べ終わり片付けも済んだところで
「ロト様、帰ってこないね」
とイトくんはアスタロトが退出した扉をじっと見詰める。
「外で遊びながら待つか」
俺の提案にイトくんは
「はいっ!」
と元気良く返事した。
孤児院の庭は広場と周囲に遊具を配置してある。これもアスタロトが魔法で作り出した物だ。
「ブランコと、シーソーと、登り棒と、ジャングルジム。滑り台は小さい子用と大きい子用の二つ。ん~、どうせなら」
アスタロトは滑り台として何故か俺三人分の高さがある小山を出現させ、中に洞穴を通し、中腹からと頂上からは行き先が別の計三つの斜面の溝を作り、滑り降りた先は砂場に着地するようになっている。これが子ども達に大人気だ。…なんとなく南方砂漠の塩の城に作りが似ているのだが、まさかイトくんに喜んで欲しくて塩の城をあんな形にしたのではないだろうな?!
イトくんが斜面を滑り降りたり洞穴を潜ったりと遊ぶのを少し離れた所で見守る。他の子ども達と喋りながら楽しそうに駆け回っている。子どもがただ楽しんでいる風景。なんの憂いも無く自分のやりたいことに熱中出来る環境というのは希有な存在だ。この幸せな風景が日常となり、世代を超えても繰り返していけるようにと、アスタロトは考えているのだな。
…と頭の隅で考えながら、子ども達がキャアキャアと歓声を上げて遊び回るのを微笑ましく眺めていると、アスタロトが傍に来た。
「お待たせ」
一人か。ソニアはまだ事務室で説教続行か謹慎か。イトくんは小山の頂上で滑り台の列に並び、自分の番を待っている。
「お疲れ。ソニアは大人しく話が出来たのかな」
アスタロトは何故か少し困ったように笑う。
「ソーニャちゃんの『お姫様』になりたいと言うのは、贅沢したいとかちやほやされたいとか?だから、『お姫様』の真実を語ったら、考え込んじゃった」
「なんだその『お姫様』の真実とは」
「『お姫様』は商品。権力者の手駒」
確かにそのような側面もあるだろうが、それ、院長先生達はともかくソニアは理解できたのか?
「それよりも、大盛況だね、滑り台」
アスタロトが小山の頂上を見るのに釣られて俺もそちらに視線を向ける。丁度イトくんが滑るところだ。頂上から、比較的ぐるぐる回るコースを滑っていった。
「楽しんでもらえて良かった」
設置して直ぐは怖がる子が多かったのだが、今は殆どの子ども達が頂上から滑っている。…大人も滑ることが出来る大きさではあるが、結構高さがあるので足が竦む。神官先生達は一度滑ったきりでそれ以降は「子ども優先で」と遠慮している。
「塩の城に連れて行ったら、喜ぶだろうな」
「うん、整理がついたら、遊んでもらおう」
滑り降りたイトくんが走り寄ってくる。
「ロト様!ガン様!」
走り込んでアスタロトの脚に、バフッとしがみつく。
「お待たせ。まだ遊ぶ?もう帰る?」
と彼が訊くと
「遊ぶ!」
と即答して、滑り台へ蜻蛉返りした。病みつきだな。イトくんが傍にいた子どもと楽しげに会話しているのを、アスタロトが穏やかな眼差しで見詰めていた。




