17.教会(15.3)
そして嬉しそうに楽しそうに出現したばかりの草原を見遣る。馬達も、初めそろりそろりと足元を確かめるように歩いていたのが、嬉しそうに嘶きながらパカラパカラとはしゃいでいる。
「後は水を自分達で用意出来るようにしたら、ここに置いていっても心配は無いかな」
「君はここに住むつもりは無い?」
「まだ何も。あの教会をどうにかしてから考える」
教会の方を見る。あの周囲だけ冷え冷えとしていて寒気がする。アスタロトの結界内は暖かいはずなのだが。
「では、参りましょうか」
彼から笑顔が消える。
教会へと向かいながらアスタロトは俺と剣に注意を促す。
「ガンダロフはまず自身の身の安全を最優先してね。私、力の加減を忘れるかもしれない」
ノートをぶん投げた時のことを思い出す。
「巻き添えにして怪我させたら、もの凄く落ち込んで、泣く」
無表情で淡々とした語り口が、暗く、沈む。
「……わかった。手に負えないようであれば、一時撤退しよう」
俺が頷くと、ほっと一安心したように少し笑顔が戻る。
「剣ちゃん、ガンダロフのこと守ってね」
剣はほわほわと瞬いた。
観音扉の右側を引き開けて、建物内に足を踏み入れる。いろんな色が飛び交っているのは、ステンドグラスに日が差し込んでいるからか。見た目だけなら明るく神々しいのだが、外よりも薄ら寒くて嫌な感じがするのは何故か?
中を進むと、神?の像の前に穴がポッカリと空いている。嫌な気配が濃く漂ってくる。
「ここが地下の入り口か」
「うん、階段下りた先の空間に、魔法陣の跡と人が5、6人いたような跡がある」
穴の手前で像を見上げる。
「俺にはわからんが、何の像だ?」
アスタロトがあまり興味無さそうに答える。
「わからない。好みじゃない。デカいだけで造りが大雑把」
好みじゃない、か。何かあった時は躊躇無く壊しそうだ。
階段を下りる。二人以外の生き物の気配は今のところ感じられない。下の方も灯りは点っているようだが剣に足元を照らしてもらう。あぁ、この嫌な感じは魔法陣だ。
「集めて固めて燃やしても良い?」
アスタロトが、小声で端的に聞く。
「魔法陣の線か?あぁ、やってくれ」
嫌な気配が無くなれば良いのだが。
魔法陣の線を象っている炭のようなモノを魔法の風が剥ぎ取り、それは中央で固まり球状になった。彼はそれを両手で包んで燃やす。青白い光が収まり手を開くと、仄かに甘い香りと共に四角くて透明な石が現れた。一回目の時より若干小さい。
「二回目だからか手際が良いな。調子は変わらないか?」
「うん、大丈夫。これ、ジョー2号もガンダロフが持ってて」
手を差し出すと、その上に石をコロンと乗せた。
「じょーにごう?」
「燃え尽きた感がハンパないから。最初に出来たのがジョー1号」
燃え尽きたら普通は灰になるのでは?そして『ジョー』はどこから来た?
「……そう…」
訊いても俺にはおそらく理解は難しいだろう。
アスタロトは床に散らばった服等を風で一カ所に集める。それらを嫌そうな顔で見ているなぁと思ったら、ポポンッと作業用手袋を出して俺にも渡してくれた。
「衣服と鎧兜と装飾品に分けてみるか」
魔法で籠を大小幾つか出してもらい、選り分けていく。主に衣服と装飾品はアスタロト、鎧兜は俺が詳しく調べる。といっても、鎧兜の方には装飾品の類は無さそうだが。
服は宗教家が着用するようなローブ、白とグレーの2種類。鎧兜は2人分。装飾品は暗い所でもキラキラとその存在を主張している。防具は大きくて重くて嵩張るなぁ。俺が前世で着用していた様式とまた違っていて興味深い。
「ガンダロフ、具合悪いとか気持ち悪いとかは無い?」
アスタロトが声を掛けてきた。俺は見落としがないかと調べていた篭手から彼の方に顔を向け
「いや、今のところは入ってきた時と変わらない。何かあったか?」
彼は汚い物を持つように、一つのペンダントを摘まみ上げた。楕円形の深紅の石があしらわれたペンダントトップが濡れているかのようにぬめぬめと光を返す。
「本音を言うと、見るのも嫌。見て欲しくもないんだけど、どういう風に見えているのか知りたくて」
と少し嫌悪の滲む声で訊いてくる。
「……その赤い色、血を連想させる。見ていて気持ちの良いものでは無いな」
「もやもやは見えない?」
「もやもや?…いや、それはわからないな。嫌な感じはあるが」
「うん、感想ありがとう。気持ち悪い思いさせてごめんね」
「問題ない。ロトの方こそそんな危ない物を持ってて、具合悪くなってないか?」
「大丈夫。このもやもや、何だろ?ガンダロフ、装飾品には触らないでね」
別の小さな籠にポトンと落とす。その籠に危険物だけを集めておくのだろう。もやもや……呪いか?
しばらく無言で選別作業を進めていたらアスタロトが突然、
「うわぁ、綺麗!」
と感嘆の声を上げた。見ると彼が摘まんでいるのは少し古びた金の指環。
「『子ども達、達者に暮らせよ。じいちゃんばあちゃん見守っとるでな!』ってところかな」
その辺の装飾品等は足元にも及ばない、キラキラな笑顔。あぁ、今までの疲れが吹っ飛んでいく。かわいい。
検分済みの籠から鎖を選り出して、その指環を通すと「持ってて」と俺に渡してきた。
「大事な物だから、持ち主の家族に会えたら渡す」
「家族、わかるのか?」
「もしかしたらわかるかもって程度」
渡された指環を首に提げる。彼でも俺でもなく『誰か』の大事な物。
魔法陣は消したはずだが、建物全体がまだなんとなく嫌な感じが漂っている。今日の作業はここまでにして、明日以降に室内隅々を調べることにした。
「あ、一つやっておきたいことが」
「今?後回しには出来ないか?明日とか」
「直ぐ済むから、今やる。ジョー1号2号、貸して」
ポケットから透明な四角い石二つを出してアスタロトに渡す。彼は選別済の装飾品の籠から何の変哲も無い金の鎖を取り出す。それをヒュルル~と加工して、二つの石を一つのペンダントトップにした。
「これで邪魔にならない。はい、どうぞ」
指環と同様に鎖に通して首に提げる。何だろう、ふんわりと穏やかな気配を指環と石から感じる。何かの加護でも付与してあるのだろうか?そうでなくとも『邪魔にならない』ように加工してくれたその心遣いが、とても嬉しい。
外に出ると、大分日が落ちている。鮮やかな夕焼け空。東の方はもう大分暗い。あ、月、発見。とアスタロトが呟く。
「昨日は新月だったんだね」
♪月が~~出た出~た~~……
その時の心のままに歌っているのだろうな。
……あ、ヨイヨイ♪
彼は細く白い月を指差して俺に聞く。
「ガンダロフがいた世界には月はあった?」
「あったぞ。今の状態では同じ様なものかは判断できないが」
「そっかぁ。じゃあ綺麗な満月が見られるようだったら、お団子作ってお月見しようね。材料、探さなきゃ」
「それは楽しみだな」
団子か。きっと美味いのだろう。だが、材料が無くても満月では無くても、アスタロトと一緒だったら何時でも何処でも楽しそうだ。
住宅に戻って、お待ちかねの晩飯の準備をする。アスタロトは先ほど作ったスープを温めたり水を用意したり。手際が良いのは日常茶飯事だったからか。マジックバッグに入っている材料は調べてから使うことになった。
「胡椒とかの香辛料があれば、味の減り張りが効くのに」
と言う彼自身が「あの黒いもやもやがもしかしたら食べ物にも悪さしているかも、と思ったら、しっかり調べた後じゃなきゃ安心して口に出来ない」と慎重な姿勢。教会で不気味な装飾品を見た所為か『人間共』の持ち物にかなりの不信感を持ったようだ。
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