162.理想は神様との共存・共生(157)
ルセーニョの処遇は本人と面会後に考えるとして、次の案件は。
「ジョウガ王家からの報酬内容としては、家畜を中心に農産物を融通して欲しいと依頼していたのだが」
「お姫様が大神殿を襲撃予定だとか聞いたけど、王家の対応はどうなってるの?」
ロト!それは単刀直入すぎるぞ!
司祭アバルードと聖騎士リコロが申し訳なさそうに、だがうんざりした顔で答える。
「襲撃ではなく訪問です。今回のジョウガ王家と王都神殿との交渉では初めから主に農産物をということで話をしております。ですが」
一昨日先触れも無くピヤンカ第一王女殿下が此処に訪れて「アスタロト様は私の運命の方なの!」と一方的に宣言して大神殿へと旅立ったのだという。その後、モルク第二王子とロジェ団長が謝罪に訪れ、ロジェ団長はピヤンカ王女を追っていった、と。
「やっぱり放置で良くない?」
アスタロトが淡々と告げる。
「ジョウガ王家で把握されているのであれば、俺達からは何も対応しない。俺達はそのうちイルシャ教とも関わりは無くなる予定だからな。王女殿下の対応にあまりにも苦慮するのであれば、大神殿から抗議をしてもらう、で良いか」
アスタロトと俺の答えとしては今までと変わりない筈だが、アバルード達が何故か落ち着きが無くなる。
「イルシャ教と関わりが無くなる、とはどのような事情からでしょうか?」
「確かに『聖者』や『奇跡の人』と呼ばれるのは好まれていないとは聞き及んでおりますが」
アスタロトはすました顔をしているが、だって面倒臭そうだし、とか悪びれることもなく言いそうだな。まぁ、彼の正直な気持ちなのだろうし、俺も同意する面はある。が
「結局イルシャ教というのは人に対応した神様なり世界なりの捉え方であって、それは私達の世界の考え方捉え方とは微妙に違う」
と意外にも真面目にアスタロトが答える。ならば
「そう、言うなれば立ち位置が違う。これまでの聖者、聖女はおそらく人を中心に見ていたのだろうが、俺達は初めから世界全体を見ている。これからの行動は人にとって不利益になることも多々あるだろう」
と俺も真面目に補足する。
「不利益、ですか?」
アバルードは言われている事が上手く理解できないという感じで復唱してリコロを見るが、リコロもよくわからんという感じで首を横に振る。するとアスタロトが
「うん、例えば人が立ち入る場所の制限とか天気の急変とか」
と今までの行動に照らし合わせて例を出す。
「意図せずとも地面が揺れることもあるなぁ」
「そうそう。一瞬にして猛吹雪とかもあった」
俺と彼とがそう言葉を重ねていくと、リコロは、あぁ、と頷いた。慰霊碑でのことを思い出したのだろう。
司祭アバルードはまだ納得がいかないようだが、後は聖騎士リコロに任せて
「後は何お話しするんだっけ?」
「人事異動について、だな」
イルシャ教の大神殿・各地の神殿の運営を円滑に行うために、大神殿との連絡係として元眠れる司祭達を各地に派遣して、既存の神官がいなくなった大神殿に各地から人員を集めて運営体制の再構築を図る。本来は俺達が関与する事柄ではないのだが。
「宗教とか神様というのは、人の心の拠り所となるものだ。ラクーシルの尻拭い感は癪に障るが、人心が荒れるのは俺達の本意ではない」
するとアスタロトが唐突に語る。
「理想はね、神様との共存・共生」
何だそれは?
「神様って、その辺に居るものなの。ただ、見えないし聞こえないし触れないし匂いもないし味もしない」
それは当たり前なのでは?と俺だけでなく他の者も思っていそうな表情だ。
「でもね、ふとしたときに感じることは、ある。何故なら人の中に神様が居るから」
えっ?!
「神様を感じる心があるから、とも言うかな?それぞれの人に、いろんなものに、いろいろな所に神様は、居る」
俺達の驚愕を他所にアスタロトは尚も淡々と告げる。
「だから、自他共に無用に傷つけたり物を乱暴に扱ったり場所を汚したまま放置したりって忌み嫌われることなの。神様を粗雑に扱うのは、罰当たりでしょ?」
納得がいくようないかないような。話の突然の展開に理解がついていけていない。と、司祭アバルードの後ろに控えていた神官が挙手と共に質問する。
「以前「神様同士は喧嘩しない」と仰いましたが、そんなに沢山の神様がいるならば、やはり諍いはあるのではないでしょうか」
「いい質問ですね」
アスタロトは、にっ、と口角を上げて答える。
「神様が諍いを起こすのではなくて、主にその信徒達が争うんだなぁ、これが。だって神様って人にはあまり感知出来ないから、もし諍いがあったとしてもそれは人にはわからない。
あと、これは私の考えなのだけど、神様は御一柱。でも時と場所と場合によって様々な面を見せるから、沢山居る」
御一柱、なのに、沢山居る?
アスタロトはマジックポーチから白いマグカップを出して、テーブルの真ん中に持ち手を彼等から隠して俺達の方へ向けて置く。何をするつもりだ?司祭アバルード達は何が始まるのど?いや、何処から出した?等と動揺しているのが伝わってくる。
「これは、普通のカップ。この形を覚えてね」
とアスタロトは説明を始めて、次にマグカップの持ち手が彼等から向かって左側に見えるようにマグカップを回す。
「今、貴方方には持ち手が見えているでしょ?でも、カップの存在自体は、変わっていない」
見る角度が違うと見え方が変わる、と言いたい?
聖騎士リコロは、あ、となんとなくわかったような表情を浮かべたけど、他三人はまだよくわからんって感じだなぁ。
「これにお茶を入れてもスープを入れても花瓶の代わりにしても、マグカップの本質は変わらない。置物として飾っても割れて壊れてもくっつけて修復しても、マグカップの本質、土を捏ねて形作って焼き固めた物というのは変わらない。粉々に砕け散ったとしても、その粉々になった物が嘗ては土でマグカップだったということに変わりは無い。では、何が変わった?」
マグカップ自体は変わらない。変わったのは俺達の、各々のマグカップに対する認識、といったところか。




