16.マジックバッグ(14.3)
「やり過ぎないようにな。まずは厩舎の近くで良いのではないか?」
『やり過ぎないように』と言った側から拳を握り締めてやる気を漲らせるのはどうかと思うぞ。
テントの中に入る。先程俺が見た時と変わらない。
「桶の位置はとりあえずそこで。厩舎かテント、どちらに住むかは馬に決めてもらっても良いかもしれない」
「厩舎、綺麗にしなきゃだね」
「ロトに魔法を使わせるのは心苦しいのだが」
血痕や糞尿等のこびりついた汚れを取り除くのは普通のやり方では無理だ。
「大丈夫だよ。倒れたら運んでくれるし、意識が戻らなさそうだったら呼び戻してくれるんでしょ?でもお姫様抱っこは恥ずかしいから、自重するけど」
信頼されているのを感じるし、無理もしないだろう。が……そうか、恥ずかしいのか、『お姫様抱っこ』……。
「厩舎に行く前に見て欲しい物があるのだが」
それは衝立の向こう側に置いたまま。
「バッグ?」
「あぁ。俺には開けられなかった。鍵穴も何も無く、仕組みがわからない」
口の開かないバッグを持ち上げる。何も入ってないような軽さだ。
「マジックバッグ?」
「古代遺跡などで見つかるという魔道具のことか?であれば、物資が見当たらないのも納得だな」
「私の前世では想像上の道具だから、見るのは初めて」
「俺も実物を見るのは初めてだ。話では、あれば移動が楽になるのにと言うくらいで」
俺は固く閉まった口をなぞったり、ひっくり返して底を見たりしながら話す。
「何がどれくらい入っているかわからないから、外で開けてみよう」
アスタロトの言うとおりだ。口を開けた時に危険な物が飛び出したら大変だ。
馬達は、テントの中に入っていた。アスタロトは栗毛の馬に話し掛けて、大きなお腹を中心に様子を見ている。
「お腹のお子、元気?お腹、触っても良い?触るよ~」
黒毛はそのやりとりを少し離れたところで興味深そうに見守っている。アスタロトはすっかり信頼されているのだな。
「順調に育ってる。大丈夫だよ。もうすぐお母さんだ」
栗毛は嬉しそうに、ヒンッと鳴いた。
さて、外に出てバッグの中身検分だ。アスタロトに聞く。
「開けられるか?」
「うん、出来る」
即答だ。
彼はバッグを抱え込むように持ち、目を伏せて集中する。それからバッグを地面に置くと、おもむろにバッグの口に手を掛け、開けた。呆気ない。俺には何とも出来なかったのだが、やはり彼はこの世界の『特別』なのだろう。
「何が収まっているのか、分かり易くリスト化して」
アスタロトから、おぉ、と小さく感嘆の声が漏れる。と、俺の方を見て
「ガンダロフ、これ、読める?」
と空中を指差す。
「…まず、見えないんだが」
彼には何が見えているのだろう?
彼は再び意識をバッグに向ける。しばらく集中した後、バッグの口を開けたり閉めたり。おぉ!収納物リストが見える、読める!詳細な絵が出てくる!分かり易い。使い方も簡単そうだな。
ポンッポンッ。口を開けたバッグの上に水袋とナッツが入った袋が飛び出して、そのまま空中に留まっている。そしてバッグの口を閉じるとリストが消えて、水袋とナッツ入り袋が地面にドサドサと落ちた。
「……凄いな……」
横で見ていた俺はそっと呟きながら、落ちた物を拾う。
「リスト、読めた?」
「あぁ。細かいところまで、というかあんな実物そっくりの絵まで出るんだな。びっくりだ」
「じゃあ早速使ってみて」
持ち物を交換する。果たして、俺でも使えるのだろうか?バッグの口に手を掛ける。何の抵抗も無く開いた。
「……開いた…俺でも使える……」
バッグの口の上にリストが表示され、中は灰色のうねうねした物が蠢いている。さて、何を出そう?資材の項目の中に『飼い葉』を見つけて、1つ出してみる。
ドサッ。飼い葉が1桶分、バッグの向こう側に飛び出した。
「おぉ。俺にも出せた」
馬達がテントから顔を出して見ていたようで、飼い葉が出た瞬間、ぶるるんぶるるんと小さく、でも嬉しそうに嘶いた。これで暫くは飼料の心配は無さそうだ。
「ふむ、使い方は回数を熟して慣れれば、臨機応変に使えるようになるだろう。今でも十分便利だが」
リストは晩飯後にゆっくり閲覧するとして、次は馬達が落ち着けるようにする為に厩舎の清掃を行うことに。が、アスタロトは裏庭にある井戸を見た途端、駆け寄り覗き込んで
「井戸がある。水、美味しいかな?」
「随分冷たかったな。馬達も飲んでた……」
♪ず~いず~いずっころば~し……♪脇にしゃがんで小声で歌い?ながら何かを記している。
「それは、何かの呪いか?」
「ううん、童謡」
何かは解らないが、楽しそうでなにより。
厩舎は少し古呆けた感じはあるが、馬4~5頭が寛ぐのに丁度良い広さだ。片付けはしたのだか血痕が残っていて、これでは落ち着けない。
アスタロトは早速、血や糞尿、埃等の汚れを剥がして集める。固めて燃やして灰にした物を、草を生やす予定地に撒く。鶏小屋も同様に。仕事が早いな。
ふと視線を感じてそちらを見る。馬達だ。彼が声を掛ける。
「栗毛ちゃんに黒毛ちゃん、こっちで一緒に見よう!」
言葉がわかるのか、躊躇無く俺達の側に来た。
「お前達、賢いな」
「トイレの場所とか覚えてくれるかな?」
「まさかそこまでは……まさか…」
無理、とは言い切れない……。
アスタロトは森の方に一歩踏み出す。そして大地を踏み締めて、両腕を目一杯に広げて吠えた。
「さあ!盛大に笑え!!」
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww…………
彼の目の前の地面から森の方に向かって、ぶわわわわーーーっと瞬く間に草が生えていく。大地が草がもごもごわさわさと揺れて、あぁ、確かに笑っている。もう嗅ぎ慣れた甘い香りと土と草の匂いが生きている喜びを感じさせる。森の木々までわさわさと揺れて、その辺り一帯大地と緑のざわめきで、声を発するものは居ないのに歓喜で満ちている。 ……これは奇跡、か?
「馬さん達のお口に合うと良いんだけど」
俺と馬達が、はっ、と我に返る。馬さえも我を忘れて見蕩れてしまう程の魔法。かなり消耗したのではないか?意識を失ってしまうのではないかと心配してしまう。
「相変わらず凄まじいな。具合が悪いとか眠いとか疲れたとかはないか?」
「大丈夫。自分でもびっくりしたけど、想定内」
彼は清々しい笑顔でこう続ける。
「疲れるどころか、嬉しくて走り回りたいくらい」
「嬉しい?」
「うん、嬉しい。大地と草が、呼び掛けに応えてくれた」
そして嬉しそうに楽しそうに出現したばかりの草原を見遣る。馬達も、初めそろりそろりと足元を確かめるように歩いていたのが、嬉しそうに嘶きながらパカラパカラとはしゃいでいる。
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