158.治癒の報酬について(153)
「美味しい物が食べたいなぁ、って」
「君が作る食事はいつも美味いぞ?」
大神殿に戻ってきた俺達は治癒したジョウガ王国、オリマ王国、ダイザー帝国の王族、皇族の方々からの報酬を何にするかと、聖騎士宿舎でアスタロトが作った野菜チップスを摘まみながら考える。
「こりぇ、おいちいでしゅ!」
おやつの時間だから、とノイット殿下もお相伴にあずかる。
「お口に合ったようで良かった」
と言いつつ、アスタロトは殿下の口の端についたチップスの欠片を摘まんで食べた。その自然な仕草が、彼の育児経験の豊富さを物語る。
アスタロトが求めるのは、美味い食事を作るための新鮮な食材だ。
「牛乳も玉子も、野菜とかの食材の鮮度って、新鮮であればそれだけでも美味しいし、安全だし」
俺とアスタロトはハーブティー、殿下はホットミルクを飲んでいる。
「今はおそらくラクーシルの持ち物だったマジックバッグから出している食材も多いのだったか」
俺はチップスをパリッと音を立て噛み砕く。その様子を彼は満足そうに眺め、俺の問いに答える。
「うん。主に玉子と牛乳と小麦粉と砂糖」
ラクーシルはそれらを何処から調達していたのだろうか。気にはなるが、俺達は自分達でなんとかするしかない。
「家畜や人手を融通させるにしても、牧場や畑の場所を近場に新たに作るのか?」
だが、一体、何処に?
「場所は南方地区の砂漠。『聖樹』があったこの山の南側の麓辺りに下地を作って、そこから『聖都』へと食糧を供給出来るように道を整備する」
アスタロトの頭の中では既に構想が出来上がっているのだろう。
「人手を融通する話が通ると良いがな」
との言葉に、彼は不思議そうな顔をする。
「君が『作る』と言ったらきっと良いものを作るだろう。今の美味い食事が他の皆にとっても当たり前になるのはきっと、そう遠くない未来だ」
一瞬、見蕩れたように俺を見つめて
「私だけでは絶対無理だから、ガンダロフも一緒に頑張ろう、ね」
と頬を赤く染め柔らかい笑顔で返す。うわあぁ~~!不意打ちもいいところだ!俺は叫び出さないように口を押さえて真っ赤になった顔を背ける。仄かに甘酸っぱい香りが漂うが待て待て待て待て落ち着け俺!今は!拙い!
ほぉ~…と幼子の小さい感嘆のため息とその後に
「では、そろそろお散歩に行きましょう」
と白虎が退室を促す声が聞こえる。いや、彼らが居なかったとしても、真っ昼間からは無理だ!そこまで節操無しではないぞ!
****
殿下は白虎と散策へと退室し、アスタロトはこれから俺と殿下と一緒に読む本を見繕う為に奥の宮の隠し部屋書庫に行くというので、俺は元破落戸の衛兵達の鍛練へと出向く。
走り込みと素振りを一通り熟し、打ち合いの相手を誰に頼むかと衛兵達を眺めていると、
「ガンダロフ様っ!ガンダロフ様は、魔法が使えると聞きましたっ!どんな魔法が使えるのですかっ?!」
と年若い衛兵にキラキラ光る瞳で問い掛けられた。周囲の者も興味津々で俺を見詰める。
「魔法、と言ってもなぁ」
草、生やすわけにはいかんだろうし。
「アスタロトのように器用には出来ない……あ。直ぐに出来ると言えば、『空を飛ぶ』くらいか?」
たぶんアスタロトが傍にいなくても出来そうな気がする。というより、出来るようになっておかなければいざという時に困る。
「空?!」「飛ぶ?!」「そういえば何かに跨がって空を飛んでた!」
周囲もざわめく。いや、バイクはまだ無理なのだが。
いつもアスタロトと一緒にいるから俺一人で飛んで行ったことは、そういえば無いな。
「うむ、練習しておくか」
目を閉じて臍の上辺り、身体の奥に渦巻く熱いモノを意識して全身へ行き渡るように満たされるようにと流していく。目を開けて両手の平を見る。うむ、熱を、力を感じる。飛べる。飛ぶ。俺は薄曇りの空を見上げて、トッ、と軽く地面を蹴る。
「「「「「おおぉーーー!!」」」」」
衛兵達の感嘆の声が下に遠ざかる。二階建て住居の屋根位の高さで止まって、ぐるりと周りを見渡す。うむ、あまり意識して力を込めなくとも思い通りに飛ぶことが出来る。下を見るとその場にいた者達が皆羨望の眼差しで見上げていた。そうだよなぁ、俺も一昔前は逆の立場だった。
俺が降りると衛兵達は「スゲェ!」「マジか?!」「流石は『奇跡の人』!」「『聖者』じゃなかったか?」「人間じゃねぇ」と好き勝手に囃し立てる。だが。
「おい待て、俺は単なる『戦士』だ。『奇跡の人』でも『聖者』でもない」
「「「「「普通の人は飛びません!!」」」」」
速攻で全員に否定された。
興奮状態の集団に気圧されながら
「いや、俺はちゃんと『人間』だぞ?少し前までは自分が魔法を使うなど考えもしなかった」
と釈明すると、最初に声を掛けた衛兵が
「じ、じゃあ、俺も魔法、使えるようになりますか?」
と相変わらずキラキラした瞳で問い掛ける。…どうだろう?




