152.植物園の少年(147)
本日、二話更新してます。これは一/二話目です。
皇妃殿下、そして他人の奥方を呼び捨てするのか。失礼な奴だな。
タレッグル陛下は無表情のまま足を止めて、膝を付いて睨み上げるリラベット侯爵を見下ろした。
「ソフィールからもタリアからもそのような話は聞いたことは無いが、横恋慕の上に妄想に取り憑かれて独り善がりな怨みを募らせたと」
陛下は細めた目に嫌悪を滲ませる。
「愚かだな」
「横恋慕だと?!貴様は知らぬのだ!幼き頃から隣国クーイドの植物園で逢瀬を重ねていた私とソフィールのことを!」
尚も喚くリラベット侯爵に何を思ったのか、陛下は探るように侯爵を見る。その横でルトーリィ殿下とサボウル殿下が、もしかして?まさか、と少し驚きの表情を浮かべた。
『ソフィール皇妃は隣国クーイド王国の元第二王女。タリア皇妃殿下はタレッグル陛下の二番目の皇妃でクーイド王国の元侯爵令嬢、ソフィール殿下輿入れ時の侍女』
剣の解説が無ければ何が何やらだ。
「植物園の少年?」
「タリア母様が言ってた、あの?」
殿下達が目を合わせているのを見て陛下は
「わかるのであれば申してみよ」
と説明を促す。
「タリア母様から何度も聞いた話なのですが」
と殿下達が語り始めた。
♢♢♢♢♢
『王女』というのは愛想良く行儀良くしなきゃならなくてそれはとても窮屈で息苦しくて、たまには息抜きでもしなきゃやってられないわよね。ということでソフィール王女は幼い頃からクーイド王国王立植物園によく足を運んでいた。温室に至る道は侍女と護衛が供をするのはしかたがないと承知していたが、温室内だけは護衛に「温室には誰も通さないで」と言い置き、一人又は友達のタリアと自由に歩き回っていた。
植物園にいる鳥、栗鼠、鼠、亀、蜥蜴、蛇、蝶々、蜂、蜘蛛、芋虫毛虫…色んな生き物を眺めるのが好きだった。そんなソフィールを無害な者と認識しているのか生き物達もソフィールが傍で観察しても驚いて逃げるようなことはなかった。
ある時、温室に先客がいた。七歳のソフィールと同じくらいの年頃の男の子が飛び回る蝶を追いかけ回していた。蝶は直ぐに男の子の手の届かない高さまで飛び上がったが、花の蜜が吸えなくて可哀想だった。男の子が寄ってきて二言ほど交わして、落ち着かないのでさっさと帰った。
次に訪れた時も男の子がいて、池の水面を棒切れでバシャバシャと叩いて遊んでいた。魚も亀も怯えて隠れてしまっている。前回と同様に男の子が寄ってきて二言ほど交わして、落ち着かないのでさっさと帰った。
次に訪れた時は先に護衛に温室を探索させて誰もいないことを確認してからタリアと二人きりで温室内の散策を楽しんでいた。さて帰ろうと出入り口に向かうと騒がしい。出入り口で例の男の子が泣き喚いていた。隣国ダイザー帝国の侯爵令息だというので、国際問題に発展するのは宜しくないと考え、タリアのハンカチを男の子に渡して泣き止ませて、帰った。
そのような騒動が幾度も続いたある春の日、隠れて待ち伏せされていたのかソフィールとタリアが温室に入る直前に男の子が駆け寄ってきて一緒に入室すると駄々を捏ねた。ソフィールが温室には入らないのでお一人でどうぞと踵を返し、タリアと周囲を散策した。その後ろを男の子はちょこちょこと付いてくる。
男の子が大人しく静かだったので、そのうち存在を忘れて花に寄ってくる虫達や鳥達の囀り等をゆっくりと味わっていた。
日当たりの良い石の上で蜥蜴の幼体が日向ぼっこをしていた。幼体特有の青い尻尾が陽の光を浴びて綺麗だなと見蕩れていたら、さっと目の前を何かが横切って、気付けばソフィールとタリアは侍女に庇われていた。
侍女の陰からおそるおそる顔を出すと、男の子がくねくねと動く青い尻尾を摘まんでいた。
♢♢♢♢♢
「ソフィール母様は静かに泣いて、タリア母様もどう慰めて良いやら、結局それ以降植物園には行ってないって言ってました」
サボウル殿下がそう締めたかに思った話は直ぐにルトーリィ殿下が続きを語る。
「俺達がその男の子のように相手の感情、状況を無視して自分の気持ちだけを押し付ける様な残念な人にならないように、とタリア母様はこの話を俺達が物心が付く前から何度も話してました」
その残念な男の子の話を本人の前でするなど、殿下達は思いも寄らなかっただろう。そして昔残念な男の子だったリラベット侯爵は青い顔をしていた。
「まさか、そんな。いや、違う!それは嘘だ!捏造だ!タリアの陰謀だ!お前達に嘘の話をしていたんだ!」
興奮で顔を真っ赤にして再び喚き散らす。
「タリアが皇妃の座を奪う為の作り話だ!」
「「俺達の母様達を侮辱するのか!」」
ルトーリィ殿下とサボウル殿下が揃って剣の柄を握る。まるで双子のようだな。いや、兄弟なのは確かだ。




