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聖者のお務め  作者: まちどり
146/197

146.ふっ、と小さく鼻で笑う。(141)




「ノイット殿下をお連れしました」

「こんばんは。しちゅりぇい、しましゅ」

 白虎とノイット殿下が合流。晩御飯が早かったこともあり、もし興味があれば見においでとアスタロトが白虎を通じて伝えていた。

「歯磨きはちゃんとやったか?」

 白虎に確認すると、

「はいっ!しました!」

とノイット殿下が元気よく返事をした。

「お風呂も入って、直ぐに眠れる状態だね。偉い!」

 アスタロトが褒めて頭を撫でると、ふわっと嬉しそうに笑った。アスタロトも笑みの形に目を細める。うむ、眼福。


「じゃ、一緒に観よう」

とアスタロトはノイット殿下をひょいっと抱えて膝の上に座らせる。と、殿下は突然のことに対処できないのか、固まってしまった。

「あ、もしかしてお膝抱っこは嫌だった?白虎の方が良い?」

 彼が殿下に尋ねると、はっ!と緊張を解きふるるっと首を振る。

「いきなり抱き上げたから驚いたのだろう」

 不安な面持ちのアスタロトは俺の言葉に納得したのか

「びっくりしたよね、ごめんね、次からは気を付けマス」

と殿下に謝罪する。彼は思ったことが直ぐに言動に現れる事が多々あるからな。俺は殿下に注意を促す。

「嫌なことされたら嫌だ!と言うんだぞ。ロトも俺もそんなことでノイット殿下のことを嫌いにはならないし、殿下が嫌な思いする方が、俺は悲しい」

 目を大きく見開いて俺を見ていた殿下は、その丸い目をパチパチと瞬かせると

「いやじゃない、です」

とはっきりと告げる。

「そうか。それは良かった」

 意思表示がしっかりと出来ているのは一安心だ。




 成猫程の大きさになった白虎を膝に抱えて撫でながら、ノイット殿下はアスタロトの膝の上でこの『帝都騒乱』を一緒に観る。

 それぞれのモニターは既にスパイロボ・くもの視点に変わっており、真ん中のモニターには帝都神殿に集められた人質やら下手人やらで少し混雑している。集塵機ジョーイとジョニーズが人質と何故か帝都神殿の人達に食事を提供しているのだが、先程のコッペサンドが並べられた傍から手に取られていく。

「美味しい…」

「なんだこれは美味いぞ!」

「これが大神殿、大聖女様の叡智」

「素晴らしい!」

 『大聖女様の叡智』か。違うと訂正するのも面倒だな。アーリエルさんにも「美味しい」と好評価だったしなぁ。


 別のモニターに映し出されているのは帝城の長い廊下だ。護衛を四人連れた偉そうな中年貴族が、威圧的に早足で歩いて行く。

 着いた先の荘厳な扉横の衛兵さんを無視して中年貴族はバンッ!と重々しい扉を開けて

「ノイットがいなくなったとはどういう事だ?!」

と大声で部屋の主に尋ねた。


 書類の山が連なる重厚な机に座る部屋の主は扉を開ける派手な音にも中年貴族の喚き声にも動じることなく、しばらく手元の作業を続けてから、顔を上げる。かなりの疲労を溜め込んだ様子のご婦人の纏めている長い髪色と睨み付ける瞳の色は、中年貴族と同じ栗色と薄緑だ。

「その件はゾマに一任しております。それより」

 少し垂れ目の薄緑の瞳で、ギンッ!と睨み付けて

「陛下とサボウルは見つかりましたか?それでなくとも執務が滞っておりますれば、文官の増員は大至急行っていただきたいのですが」


 その鬼気迫る圧にたじろいだのか、中年貴族は

「お、お前は自分の子が心配ではないのか?」

と入室時の勢いはなりを潜めて普通に尋ねる。それに対してご婦人は、ふっ、と小さく鼻で笑う。

「心配だからと言って、オロオロと何もせずに、いえ、余計な口出し手出しで現場を混乱させるより、今、自分が出来ることを行う方が良いのでは?父様こそ、自分の子ども、孫は政略の駒としか思っていらっしゃらないでしょうに。あぁ、だから心配されているのですね」

『あの女性はノイット殿下の母君のデボラ・ダイザー皇妃殿下、男性は殿下の祖父のダントル・リラベット侯爵です』

 白虎から解説が入る間にも皇妃殿下の口撃は止まらない。

「大体、どのような私怨がお有りなのかは存じませんけど、民が戸惑うような騒ぎはおやめくださいね」

 皇妃殿下の冷たい物言いにリラベット侯爵が声を荒げる。

「なっ!お、お前父親に向かってなんという口を」

「父親だと思われたいのであれば、娘を思い遣る気持ちを言葉と行動で示してくださいな」

が、皇妃殿下は素気なくあしらう。


「大体、この婚姻は子どもの面倒を見なくて良いという条件だったはずでしょ?」

 皇妃殿下の口調は淡々としたものだったが、何かを感じたのかアスタロトがそっとノイット殿下の耳を塞ぐ。

「あんな赤黒くて皺くちゃでギャーギャー五月蝿くてデロデロに汚くて臭い小猿が、十ヶ月も私のお腹の中で蠢いて私を苦しめていたのかと思うと、もう、顔も見たくないし声も聞きたくない」

と皇妃殿下の口調は変わらず淡々としたものだが、声は低く眉間に僅かな皺が寄る。うわぁ、これ、本気でイトくんのこと嫌ってる、とアスタロトが呆れたように呟いた。


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