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聖者のお務め  作者: まちどり
144/197

144.殿下達は仲が良い(139)

 本日二話目です。


 ダイザー帝国関係者帰還の前に、早めの夕食を取る。人数が多いので、立食で自分の好きな具をパンに挟む形式にしたらちょっとしたパーティーの様相で大盛況だ。具材は唐揚げ、フライ、ハンバーグ、ベーコン、茹で玉子、スクランブルエッグ…をこまどり部隊が目の前で調理しており、これに新鮮野菜とマヨネーズ、ケチャップ、中濃ソース、マスタードを使い皆自由に個性的なコッペサンドを楽しんでる。


「美味い!なんとしても戻ってくるぞ!」

「はぁ、出奔しようかな」

「料理人を勧誘するか?」

「いいやこの美味さは料理人の質だけでは無かろう」

「やっぱり天の国だろう、ここは」


 少し酸味のある赤っぽいスープで口の中をさっぱりさせるとまた新しい組み合わせに挑戦する者が殆どだ。アスタロトも嬉々として櫛形に切った皮付き芋を皆の目の前で揚げており、それが無くなると次は星形の口金から小麦粉の生地を細長く油の中に浮かべて「チュロスだよ~」と楽しそうに次々と甘味のチュロスを揚げている。


 甘い香りに誘われて子ども達が寄ってきたので、アスタロトは油を切って粗熱が取れた物を

「熱いから気を付けてね」

とそれぞれに渡すと、子ども達は「ありがとう!」と嬉しそうに受け取って、目を輝かせて無言で食べた。

美味うまい!お代わり!」

 ラドリオ殿下が手を伸ばして

「うみゃい!おきゃあり!」

 ノイット殿下が真似をして

「リオ!変な言葉遣いしないの!イトが真似するでしょ!」

 レキュム殿下が見咎める。とても自然な遣り取りから彼等の仲の良さが覗える。その様子をアスタロトは嬉しそうに眺めていて、その慈愛に満ちた眼差しに暫し見蕩れてしまう。


 ふと横を見ると、陛下がその様子を見ていた。微笑んではいるが、どことなく複雑な表情だ。ノイット殿下の事を憂いていたのだろうか。

「陛下、殿下達は仲が良いのですね」

 俺に話し掛けられるとは思っていなかったのか、少し驚き、だが直ぐに

「あぁ、本当に。これは、子ども達に感謝せねばな」

と微笑む。

「ロトも「家族から引き離すのは本当に良いことなのだろうか」と、心の中では今でも迷っているのです。双子以外全員母親が違うのに仲が良いのは、父親である陛下がちゃんと子どもと向き合っているからだと」

 陛下は俺の言葉が意外だったようで、僅かに目を見開く。

「ノイット殿下の母君は…レキュム殿下は『家族全員が集合した』と言っていたが」

「あぁ、お察しの通り、今の皇后だ。だが、公務も最低限しかせず…自分の子どもも放置状態だったとは、情けない」

と陛下は、はぁ、と小さく息を吐く。

「先程の細工箱の話で疑問に思ったのですが」

 俺は気になっていたことを訊いてみる。

「双子が産まれた時には、不貞疑惑の話は無かったのですか?」

 鮮やかな赤い髪に翠の瞳は家族の中でもかなり目立つ。母親と同じ色味なのか?

「いいや、それはほぼ無かった。あの色味はダイザー帝国始祖帝と同じなのでな」

「成る程。それで不届き者はあの細工箱を不貞の証拠に仕立て上げたかったのか」

「そういうことだな」

と、陛下はわいわいとじゃれ合う子ども達に優しい眼差しを向けた。


 子ども達はチュロスのお代わりをしていた。アスタロトはノイット殿下に大人の小指大のチュロスを持たせて

「イトくんが食べ過ぎてお腹痛くなったら悲しいから、今日はこれでお終い」

「っ!ありがとうごじゃいましゅ!」

 ノイット殿下が破顔すると、アスタロトは眩しそうに目を細めた。

「白虎、食事が終わったら、しっかり歯磨きをさせるように」

「承知しました」


「この揚げ菓子は、其方の国のものか?」

 いつの間にか陛下がシナモンシュガーをまぶした方のチュロスを持っていた。

「厳密には違いますけど、よく屋台とかで売ってます」

 アスタロトの答えに耳を傾けながらも陛下はしっかり甘味を味わっている。美味そうに食べるなぁ。俺は後でゆっくり味わうことにしよう。


 ノイット殿下と陛下がチュロスを食べ終わってお茶を飲んで、ほぅ、とひと息つく姿は、うむ、親子だな。

「イトくん」

 アスタロトは腰を落としてイトくんと目線を合わせる。

「イトくんのお家、騒がしくなるから暫く此処で私達と一緒に過ごした方が良いかと思うのだけど」

 アスタロトの言葉が理解できているのか否か、ノイット殿下は深い藍色の瞳をまん丸にして彼の話をじっと聞く。

「イトくんは、お父様達と一緒に、お家に帰る?それとも此処に残る?」

 陛下もノイット殿下が返事をするのをじっと見守る。

「わたち、は…」

とノイット殿下は言ったきり、アスタロトと陛下、それに俺と白虎を見て、最後に陛下を見て俯く。

「お父様は、かわいいイトくんが何処にいても危ない目に遭わないように、ちゃんと考えてくれるよ。イトくんが此処に残っても、後で迎えに来てくれる」

 ノイット殿下は俯いたままだ。自分で選択する、という経験が少ないのであれば、ノイット殿下はまだ自分では決められないのではないか?アスタロトは、うーん、と唸って

「決められなければ」

と彼の言葉を遮るようにノイット殿下は顔を上げて真っ直ぐに彼の目を見つめ返す。

「わたちは、此処にいましゅ!」

 チュロスを巻いていた紙が、小さな手の中でグシャグシャに握り潰されてた。


「そうか」

と陛下は呟くと、あっ、と言う間にノイット殿下を抱きかかえる。殿下は驚きのあまり硬直しているのだが。アスタロトが立ち上がると

「ノイットをよろしく頼む」

と彼に殿下を渡して

「迎えに行くから、それまで息災にな」

と穏やかに、大きな手で殿下の頭を優しく撫でた。


 陛下の手が離れていくのを不思議そうに眺めるノイット殿下を見て満足したのか、陛下は静かに注目していた皆の方へくるりと向き返り、いつもの厳めしい顔付きで宣言する。

「これより我が国、帝城に帰還する!」

 口の横に粉砂糖とシナモンが付いたままなのは、そういう演出か?


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