141.箱と中身の謂れ(136)
ひとまず、ノイット殿下を大神殿で一時的に預かる、ということでこの話は終了した。
「あと、何をお話しするんだっけ?」
アスタロトが壁際に控えていた麒麟に確認する。
「この度の対価、ラドリオ殿下が依頼された『レキュム殿下の救出と言伝の委託』、レキュム殿下が依頼された『第一、第四皇子の救出』に対する報酬について、あと、ダイザー帝国への移送の具体的な内容について、です」
「儂達の救出についてはまた別の話になるのか?」
話の中に自分達が省かれているのを、陛下はそう受け取ったようだ。
「陛下と第二、第三皇子の救出については、俺達が勝手に行ったという認識だ。ラドリオ殿下を見掛けた時に、無視する事も選択できたのだから」
と俺が説明すると、
「いやそれでは帝国の沽券に関わる。それ相応の報酬を受け取ってもらいたい」
と陛下は厳めしい顔をする。うむ、想定通りだ。そこへ麒麟が数枚の紙を陛下に渡す。
「陛下達を治癒した際の報酬につきましては、前例に基づきこのように纏めさせていただきました」
「前例だと?」「どういう内容だ?」等と陛下達が契約書(仮)を読んでいる合間に、俺は再度忠告する。
「先程も言った通り、俺達は何処の国にも関心が無いし、関わりたくない。領地や爵位、勲章等は受け取れない」
「あの、対価って」
とアスタロトが口を挟む。
「これを開けさせてくれるって話じゃ無かったっけ?」
彼はそう言うと、レキュム殿下から託されていた細工箱とそれを包んでいた布をポーチから取り出した。
「えっ!壊れてたのが直ってる!」
「まあ、母様のストール!」
小鳥と葡萄をあしらわれた細工箱は四隅の短い猫脚でその優美な姿を安定させていて、唐草模様の綺麗な柄の柔らかいストールはふわりと軽やかでテーブルから浮いているようにも見える。
ダイザー皇家の皆が息を呑む中、
「これを、対価に所望するか」
と陛下の目が鋭く細まる。
「正確には、『この箱を開ける』とだけ確約してて中身は要相談って言われたから、箱を修復して、中身を見て、また蓋を閉めたって感じです。それで」
アスタロトはひょいと箱を持ち上げて
「今此処で蓋を開けて中身を確認しますけど、その前に」
と彼は陛下の睨み付けるような目をしっかり見返して
「この箱と中身の謂れを教えていただけますか?」
♢♢♢♢♢
レキュムとラドリオの双子の母親ユーリアは、元々は陛下の直ぐ下の王弟ルシアノンの婚約者だった。だが末の王弟が大神殿に行く直前で落馬事故で亡くなった為にルシアノンは婚約を解消し、その代役として大神殿へと赴く事となった。
意匠の見事さも然る事ながら複雑な仕掛けで手順を知らないと蓋を開けることが困難なその細工箱は、婚約者時代にルシアノンがユーリアに贈った物だった。
その後、当時正妃だったルトーリィの母が第一皇女を出産時に共に亡くなり、良い縁談に出会えずにいたユーリアを正妃として迎えることとなった。
そして双子が生まれ、先の子ども達とも分け隔て無く育てて仲の良い家族関係を築いていたのだが、双子が七歳の冬の初めに風邪を拗らせて亡くなってしまった。
その悲しみの最中に、事件が起こる。
切っ掛けは、件の細工箱をメイドが持ち出そうとしたことだった。レキュムがいつも飾ってある場所に無いことに気付き、メイドが隠し持っていることを曝いたのだが、そのメイド曰く、「その細工箱は王妃の不貞の証拠だ」とのこと。
確かに細工箱自体は前婚約者の贈り物ではあるが、それは「処分するには忍びない」とそのまま使用するようにと陛下自ら王妃に言い置いた物だった。が、証拠は箱の中身だという。
レキュムとラドリオも母が「愛しい人からの贈り物が入っている」と箱を撫でるのをよく見ていた。中身を確認する為に箱を開けようとするが、開かない。開け方が判らない。
箱を壊そう、との声が出てきた時に「私が開ける!」とレキュムが仕掛けを外し始めた。が、開かない。焦れたラドリオが「僕もやる!」とレキュムから箱を奪って、勢い余って放り投げて床に落とした衝撃で、偶然、蓋が開いた。
中には大きな黄玉の首飾りが収められていた。それは、初婚で後妻、継母となるユーリアが気後れしないように、と陛下が気持ちを込めて贈った物だった。
♢♢♢♢♢
「そのメイドを使って不和を引き起こそうとした不届き者が誰なのかは突き止められなかったのだが、その細工箱と黄玉の首飾りは我が家の家宝と言っても良いくらい大切なものなのだ」
陛下の語り口は淡々としていたが、これらがもの凄く思い入れがある物だということはひしひしと伝わってきた。
「でもそんな大切な物が何で埋められてたの?」
とアスタロトが首を傾げる。俺もそれは疑問に思う。すると
「ごめんなさいっ!」
とラドリオ殿下が頭を下げた。
「首飾りを中に入れて蓋を閉めたら、開かなくなって、このままだとまた箱を壊すってなっちゃうと思ったら、隠さなきゃ駄目だって思って、それで、埋めました!」
「だからって、何であんな所に埋めるのよ?!ガンダロフ様とアスタロト様がいらっしゃらなかったら一生掛けても見つからなかったわ!!」
レキュム殿下、途方に暮れていたからなぁ。
話が見えず、呆気にとられている陛下達に見つけた時の様子を説明すると、陛下の鋭かった目が徐々に丸く大きくなって
「お手数をお掛けして本当に申し訳なかった」
と平身低頭だった。




