134.中年貴族は興味無し(129)
そう、昨日とは違う。中庭には俺達を待ち受けていたのであろう昨日比倍の数の衛兵達が丸見えで、ベランダでも二人の衛兵が俺達の侵入を阻んでいた。その衛兵達に
「おはよう、朝からお勤めお疲れ様です!」
とアスタロトは朗らかに挨拶をする。ベランダに直接降りるとは思っていなかったのか、衛兵達は震えながら剣を構えた。あまり彼を刺激して欲しくはないのだが。しかし俺達が何かをする前に聖騎士ダングが
「そのまま!動くな!貴殿等が何もしなければこちらから手出しはしない!貴殿等も悪夢に魘されたくは無いだろう?!」
と叫ぶ。悪夢?アスタロトも疑問に思ったのか聖騎士ダングに矢継ぎ早に質問する。
「悪夢?魘されているの?もしかして寝不足?此処の用事が終わったら誰かと交代する?」
ダングにしてみれば、自分では制御できない状態で空を高速で飛んで回るなど恐怖を味わい続けているようなものだろうからな、かなりの精神的負担が掛かっているのではないか?
アスタロトが心配して声を掛けるとダングは、うっ、と少し詰まって
「い、いいえ、大丈夫です。何処までもついて行きます」
と顔を赤らめた。『何処までも』は鬱陶しいから遠慮したい、とアスタロトが呟くが、あまりにも小さすぎて幸いにもダングには届かなかったようだ。
掃き出し窓に鍵を掛けられていてこのままでは中に入れないのを、さてどうするかと俺が考える間も無く、アスタロトは中の人に聞かせるように大きな声で
「どっか~んと一発!」
と拳を振り上げる。
「やらなくていい!傷付く!」
いやいや『振り』だとしても君が傷付くようなことは容認できない!俺は直ぐさまアスタロトの腕を押さえた。それと同時にダングがまたもや叫ぶ。
「開けてもらえなければ、壊されますよ?!」
いや、開けてもらえないんだったら帰るけど、とまたもやアスタロトは小さく呟く。だろうな。だがダングを始め『どっか~んと一発!』を聞いた者達は彼が窓を壊して入る、と勘違いするだろうな。部屋の中にいた侍従が青い顔をして
「それは困ります!」
と周囲が制止の声を掛ける前に素っ飛んできて窓を開けた。
「ありがとう。陛下の具合はどう?」
中に入ったアスタロトがその侍従に尋ねる。
「はいっ、そのっ、えーっと」
と侍従が答えに詰まっていると
「こ、ここ、このっ、ぶ、無礼者がぁ!」
大声が上がった方を見ると、煌びやかな衣装がはち切れそうな中年貴族が喚いていた。此奴はアレか、昨日パベルクさんが激怒していた奴か。
俺と聖騎士ダングが警戒するのを横目で見ながらアスタロトは
「無礼も失礼も自覚ある。でも、貴方程じゃない」
と中年貴族を上から下へすぅ~っと眺めて、ふいっ、と身代わり陛下の横たわるベッドに向かった。興味無し!か。
「キ、キサマ!我が輩が何者かわからんのか?!」
もう既に身代わり陛下の観察に意識を向けているからか、アスタロトは中年貴族に一瞥も与えない。そして邪魔されるのを避けるためか立ち塞がろうとした護衛兵達を白い帯で拘束していた。黒の次は白か。それはともかく。
俺はアスタロトを睨み付ける中年貴族の視線を遮るように立つ。
「貴殿が何者かは知らないし、興味も無い。だが俺達の邪魔をするのであれば」
覇気を込めて
「容赦はしない」
中年貴族は、ひっ、と小さく呻いて震え上がって固まった。少し漏らしたか?ダングも周囲の者達も軒並み震えている、が、麒麟!いい加減慣れろ!
すると、バンッ!と大きな音を立て扉が開き
「アスタロト様!ガンダロフ様!申し訳ございません!」
とパベルクが慌てて入ってきた。
「おはよう。パベルク、さんが謝罪するようなことは何も無いぞ」
俺が何事も無かったように答えると
「え?は?いや、そんな訳は」
と室内の様子をぐるっと見回して
「あぁっ!いや本当に申し訳ございませんでした!」
だから何故深々と頭を下げる?彼の視線の先は…白い帯で拘束された護衛兵達がいた。
「あの者達を直ぐに連れ出せ!」
と声を張り上げるのは初登城時の案内役、オリマ王国騎士団団長殿だ。パベルグと共に来たのか。だが
「静かにして欲しい。今は施術中だ」
俺と聖騎士ダングが立ちはだかると、奥に進もうとした騎士達はピタッと停止した。
「はっ!パベルグ!殿下!このような怪しき者共に頭を下げるなど!断じて許されませぬぞ!」
中年貴族が息を吹き返したように喚く。五月蝿いな!アスタロトの気が散ったらどうする!俺はさっと剣を中年貴族の首筋に当て
「静かにしろ。施術の邪魔をするなと言うのが解らないのであれば、強制的に大人しくさせるぞ」
と警告した。…漏らす程では無いだろうに。
施術が終わったのか、アスタロトが護衛兵達の拘束を解いてこちらに来た。
「ガンダロフ、静かにさせててくれてありがとう。パベルグさん、おはようございます」
俺が中年貴族の首筋に剣を当てているのを見て、アスタロトの綺麗な眉がほんの少し寄る。何が気に障ったのだろうか?そのような微細には気付くべくもなく
「おはようございます!遠いところから態々お越し頂いているのに無礼を働きまして誠に申し訳ございませんでした!」
パベルグと、一緒に来た騎士団団長始め騎士達が一斉に頭を下げる。
「ん?パベルグさん、この人達に私の邪魔をするように言ったの?」
とアスタロトが尋ねるとパベルグは慌てた様子で
「いいえ、とんでもございません!」
と否定する。
「だよね。じゃあパベルグさんが謝ることは無いよ。ただ」
彼が中年貴族を見詰める。ヒッ、と小さな悲鳴を上げた中年貴族は顔からダラダラと脂汗が流し始めた。出来ればそんな見苦しいものを視界に収めて欲しくはないのだが。
「ペムベル陛下の具合は変わらずなのだけど、どなたかが手荒に扱っているようなので、その痛みを跳ね返すように術を施しました」
「どなたか。一体何故…」
太い眉を顰めてパベルグが呟く。『誰が』やっているのかは見当が付いている、ということか。俺はすっかり大人しくなった中年貴族から剣を離して鞘に収める。
「侍従さん達みたいに優しく丁寧に接していれば問題は起こりません。何時目覚めるかは陛下次第ですので、もう暫くこのまま様子を見ましょう」
とアスタロトが説明すると、パベルグは一瞬疲れたような顔をしてから頭を下げた。
「ありがとうございます」
アスタロトは何か気になったのか、ん?と小首を傾げて、だが直ぐに元に戻す。
「パベルグさん」
アスタロトが呼び掛けてパベルグの肩に手を置くと、パベルグは頭を上げた。…パベルグの働き過ぎを気にしているのはわかるが、アスタロトの黒い瞳に姿を映すのは俺だけだぞ!と叫びたくなる…しかし、酷く疲れた表情だ。これではアスタロトでなくとも心配してしまう。
「私が手助け出来ることはほんの少ししかないけど、無理しないように、ね」
と、彼がパベルグさんの疲れが取れますようにと願ったのが淡い光と共に伝わってくる。
「夜はちゃんと寝なきゃ駄目だよ」
今、彼に倒れられたら、ペムベルが困るからな。
パベルグはゆっくりと瞬きをして
「はい。こんなに良くして頂いて…本当にありがとうございます」
と少し掠れた声で返した。だから!アスタロトの黒い瞳に姿を映すのは俺だけだぞ!




