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聖者のお務め  作者: まちどり
130/197

130.箱と弟と(125)


 聖騎士ダングと聖獣達にダイザー帝国関係は任せて俺とアスタロトは休憩に入る流れだったので

「レキュム殿下、申し訳ないが今日は」

と俺が断りを入れようとするのを、彼は俺の唇に人差し指を当てて止める。彼女等の話を聞いていたら休憩にならんだろうに。と、彼は指の腹で俺の厚ぼったい唇をなぞりそのまま頬を撫でるように手を後頭部まで持っていく。さわさわと擽ったいような感覚に、え、何事?と考える間も無く彼は背伸びをして俺の上唇をチュッと軽く啄む。ゾクゾクと痺れるような快感が瞬時に全身を駆け巡り、身体の奥の熱いモノがグルグルと蠢き始める。アスタロトは顔だけをレキュム殿下達の方へ向けて

「ここで話を聞くだけ。用件、手短にね」

と告げた。というか、まだ会って間も無い少女達の前で、こういうことをやるのか?!いや、彼女等を退散させるには効果的かも知れんが、だが、俺、もの凄く恥ずかしいのだが?!レキュム殿下達も顔真っ赤だぞ!!


「えぇっとですね、その…」

 顔が赤いままだが気を取直してレキュム殿下が件の細工箱を差し出す。

「実はこの箱、開け方が判らないのです。それで、もし開けることが出来たらその手順を教えていただきたいのです」

 アスタロトは羞恥で固まってしまった俺から身体を離してその箱を受け取る。

「中身は?」

「トパーズの首飾りです。もしご所望であれば、父様と相談いたします」

 いわく付きの品か?だがアスタロトは気にする風も無く

「じゃ、この箱は預かっとく。二つ目の用件は?」

と淡々と返した。

 他にいろいろと訊かれるかも、と身構えていたのが肩透かしを食ったようで、レキュム殿下はパチパチっと瞬きをしてから話し出す。

「イト、弟のノイットのことです。もし可能ならば暫くの間こちらで預かってもらえないでしょうか」

「それは今の段階では無理」

 アスタロトが即答するとは思わなかったのかレキュム殿下は、うっ、と詰まったように綺麗な顔を僅かに顰める。

「確かにイトくんの境遇は許容できないほど酷いと思う。でもそれはまず保護者である親御さんと話してみないと私と貴女だけで決められる事柄ではない」

と正論を淡々と述べるアスタロトにレキュム殿下はそれはそうなんだけど、と薄ら不満を滲ませる。

「折角家族の殆どが集まっているんだから、家族会議でもやったら良いんだよ。それにイトくんが何処でどう過ごすのかは、イトくんの気持ちを一番に考えなきゃ駄目だし、それはちゃんとイトくんに訊かなきゃわからない」

 家族会議の後に私達とお父様である皇帝陛下とイトくんとで話し合ってみましょう、と彼が言うとレキュム殿下は渋々ながら納得したので、ノゾミに連れられて貴賓館へと移動した。




 執務室の方でお茶を飲みながら俺とアスタロトと剣、麒麟とで状況確認と今後の方針を話し合う。

「ダイザー帝国の人達を貴賓館に纏めたのは良かったと思う」

「彼等の世話をするのにお前達の手を裂くのは、いざという時に初動が遅れるやもしれんな」

『北の住居からユキチに出向させようか?』

「そうだね、この際麒麟とユキチが大神殿と北の住居を自由に行き来出来るように、転移門ゲートの設定をしておこう」

「二人限定か?」

「ガンダロフもやろうと思えば直ぐ出来るよ?」

とアスタロトは言うが、俺が移動する時はいつも彼と一緒だと思うし、そうなると俺がやる機会は無さそうだな。

 麒麟とユキチの権限で転移門ゲートの開閉が出来るように設定すると、早速ユキチが大神殿奥の宮の大司教寝室までやってきた。

「早速だが、貴賓館の差配、よろしく頼む」

「はい。畏まりました」

 頼もしい限りだ。


「それにしても、人材不足が加速しているような気がする」

と俺が腕を組むと

「出来れば人間の有用な人材がいれば良いのだけどね」

とアスタロトは顎に手をやる。

「そうだな。俺達が出て行った時の事を考えると無闇に眷属を増やすわけにはいかんだろう」

「今いる人材を活かす。眠れる司祭様達に活を入れる」

「予定通り、ではあるな」

 目覚めさせた後はアストに統括させて、一先ずダイザー帝国関係者等の来訪者の世話を任せよう。


「ペムベルの具合は?」

「概ね良好です」

 俺が尋ねると、麒麟が答える。アスタロトも

「パベルグさん、元気かな」

と遠い目をする。

「今朝の様子では忙殺されていそうだが」

「机の上の書類、チラッと見えたけどあれって予算案関係?でも文字と数字がごちゃ混ぜで解り辛い。大神殿の書類関係もあんな感じ?」

 答えを求めた訳ではなく独り言のように呟いたアスタロトの疑問を麒麟が受ける。

「大神殿と『聖都』も同じ様な書式でしたので、大神殿の方は既に書式改変を始めております」

 誰が見ても分かり易い文書にすることで、ミスや不正を防止する狙いと事務職の担い手を増やす目的もある。また、元破落戸共の中には貴族の三男、四男等が多数いて、事務職を担えるように鍛えている最中なのだとか。

「彼等を育てて各地の神殿に配置出来れば、今まで煩雑な事務作業に時間を割いていた神官達も心と手の余裕が生まれ、穏やかに生活することができるでしょう」

と麒麟はニコリと笑う。

「そうか、ジョウガ王国の神殿では事務方の神官が大変だったからな」

 俺が頷くと麒麟も

「えぇ。あれは突発的なものとはいえ、普段の文書は更に解り辛いものでしたから」

「もしかしてそれって、許可無く盗み見た感じ?」

「偶然、偶々見えてしまったのですよ」

 さらっと笑顔で返した。まぁ、隠密形態ステルスモードでいろんな所を散々探っているのだから、今更だ。


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