123.皇族誘拐(118)
「ガンダロフ、ありがとう。確かに無自覚に頑張りすぎているかも。今日は此処の用事が済んだらあと帝都の神殿の様子を見て、帰る」
とアスタロトがそう静かに告げる言葉が、頭の上から降ってきた。
「それはそれで無理をしているのではないか?」
俺は顔を上げて彼を見つめる。彼の意に添わないことをさせるのは本意じゃない。彼は俺と目が合ったことを喜ぶかのように微笑んむ。
「無理は、しない主義なの、知ってるよね」
無茶はするけどね!と言うと俺に抱きついて耳元で
「だから、あともうひと踏ん張り!」
と囁く。うわぁ、暖かくて気持ち良くて、此処が敵地のど真ん中だというのを忘れそうになる。ついでに聖騎士ダングの存在も。
「あぁ、そうだな」
と俺は彼を抱き返した。身体の奥が、熱い。
そうと決まれば早めに連絡、とアスタロトは「訪問は明日以降になります」との伝言を光る紙飛行機に託してまだ訪れていない神殿に飛ばす。
「私達の姿が見えていなくても、十分怪しまれますねぇ」
と目の上に手を翳しながら、聖騎士ダングが光る紙飛行機を目で追っていった。
『主、ますたー』
剣が緊張気味に呼び掛ける。
『生きてる。皇帝と第二皇子。でも、虫の息』
「じゃ、さっさと行こう!」
アスタロトの決断は早い。その根底には助けられる命は助けたい、との思いがあるのだろうか。
アスタロトがソファセット等をマジックポーチに片付けると、麒麟が飛んできた。聖騎士ダングを抱えるために来たのだな。だがアスタロトが一言。
「ダングさんは、お留守番」
え?どうするつもりだ?
全員で割と見通しの良い広めの四阿に移動し、アスタロトが認識阻害の結界を張る。聖騎士ダングは
「こんな所で…」
と思い切り不安そうだ。そんな彼にアスタロトは説明する。
「でも、敵の接近は気付きやすい。外からは見えないし、巡回するのにも近道するのにもわざわざ此処は通らない」
「「確かに」」
「で、一時的に此処を拠点にするから。連れて来た人達を此処に留めて、全員集まったら転移門を開く。そしてダングさんにはこれを授けよう」
と、聖騎士ダングに渡したのは、手に収まるくらいの黒っぽい薄い板。
「これを持ってたらダングさんには常時認識阻害の術が掛かるから私達以外にはよっぽどのことが無ければ見つけられない。それと私達との連絡も音声と文字で出来る。後、大凡の位置も解る」
「おぉ、凄い!」
アスタロトが聖騎士ダングに簡単に使い方を教えて、後は待機中に操作に慣れてもらおう、と言う。軽い暇つぶしの道具か?
最初に第二皇子の部屋のベランダまで移動する。病人が寝ているから静か、という訳では無く、居間の方は人がそこそこいる。俺はベランダに待機して、アスタロトと麒麟が室内に侵入する。麒麟と視界を共有している状態で、片目を瞑るとそこに麒麟の視覚情報が映し出される。彼等はレキュム殿下の部屋に入ったときと同じように窓をすり抜けて寝室まで直行する。寝室は薄暗く空気が澱んでいて、これは健康な人でも具合が悪くなりそうだ。現に付き添っている侍従達は皆顔色が悪くて暗い雰囲気だ。アスタロトは天蓋に認識阻害の結界を張り、中にいた侍従を眠らせ虫の息だという第二皇子を診る。そして直ぐに、だが慎重に回復とデトックスを行う。ポンッと黒っぽい毒素玉が出ると、第二皇子の息は穏やかになり、顔色も良くなった。では、移動しますか、とアスタロトが声を掛け、毒素玉を回収して人型になった麒麟が第二皇子を抱えると、アスタロトは麒麟の肩に手を置いてベランダで待機している俺の所まで転移した。
「お帰り。無事に済んだようだな」
「うん。なんか、慣れてきた」
「あまり多用して欲しくはないがな」
と俺は毒素玉を受け取りつつ苦笑した。
第二皇子はそのまま麒麟か四阿まで運び、アスタロトと俺は皇帝陛下の部屋のベランダへと飛ぶ。中の様子は…第二皇子と似たり寄ったりだ。さっきと同じように彼は窓をすり抜けて寝室まで直行し、天蓋の中の付き添いの侍従を眠らせる。ベッドに静かに横たわる皇帝陛下の枕元に、玄武がちまっと待機してた。
「お待たせ。よく頑張ったね」
玄武は今にも息絶えそうな陛下を一所懸命、回復させていた。アスタロトは皇帝陛下を素早く診て急いでだが慎重に回復とデトックスを行うと、直に皇帝陛下の呼吸が深く穏やかになる。ふぅ、間に合って良かった、との彼の呟きが、陛下のさっきまでの緊迫した状況を物語っていた。
毒素玉を回収して、疲れただろうから陛下は私が抱えていくとアスタロトが玄武に言うと、
「いえ、大丈夫です!主が不安になりますから!」
と玄武はさっと人型になって皇帝陛下を優しく抱え上げた。俺が不安?いやいや病人に妬くなど俺はそこまで狭量では無いぞ?アスタロトは陛下を抱えた玄武とベランダに転移して俺と合流し、その勢いで一時的拠点の四阿まで転移した。
先に大きな座布団を何枚も用意していたからか、ベンチに寝そべっていても痛くは無さそうだ。
『今回は身代わりを置いていないけど、大丈夫?』
剣が不安そうに訊いてくる。
『剣が心配しているのは、行方知れずになったのが早くに判ると、身動きが取りづらくなるからか?』
『うん』
アスタロトがはぁ、と息を吐き、恐らく聖騎士ダングにも伝わるように声を出して話す。
「此処に長居する気は無い。さっさと用事を済ませて、おやつ食べたい」
「そうだな」
俺も同意だ。さっさと帰ってアスタロトとお茶を飲みながらまったりしたい。
次は第一皇子の救出だ。
「地下牢、だと?」
麒麟の報告では、謀反の首謀者として捕らえられて、地下牢に幽閉されているのだという。
「拷問されてたりは?」
「いえ、それはありません」
「傍にいるのは、青龍か。拘束も無しか?」
「ありません」
「じゃ、起きてたら私達が迎えに行くことを伝えて、いつも通りにしてて。寝てたら問答無用で連れてく」
「現在覚醒中ですので、こちらの事情などを伝えて、意思確認を取っておきます」




