114.祭事というのは(109)
チュッ、チュッと軽く口づけて、俺はアスタロトの瞳を覗き込む。新月の澄み切った空のような彼の黒い瞳に顔を火照らせた俺が映る。先程から漂う甘酸っぱい香りが頭の頂点を甘く痺れさせて身体の芯を熱くさせてるが……。
俺は視線を外すとアスタロトを抱き締めて、はあぁ~、と息を吐く。このまま押し倒したい。アスタロトが俺を強く抱き返して自身の熱を逃すように、はぁ、と息を吐く。だから何の憂いも無くロトを堪能したいのだが?!
ふぅ、と俺は息を吐いてアスタロトを抱き締めていた腕を緩める。
「で、何が言いたい、剣?」
ソファの端に置いてあった剣が、遠慮がちに、ほぁっと光る。
『あの、邪魔するつもりはなかったんだけどぉ~』
俺とアスタロトは目を合わせて、やれやれという感じで彼は俺の膝から降りて話を聞く態勢を取る。
『えぇっとね、さっき気付いたこと、言っておいた方が良いかなぁ、と』
いいからさっさと言え!
『あのね、明日、春分の日』
は?
俺とアスタロトの声が重なった。
「明日?春分の日ってなんとかの祭事とかやるんじゃなかったっけ?何で誰も騒がないの?」
「春分の日?だが、祭事を執り行うにしても、誰が?どうやってやるんだ?」
「アーリエルさんは?ルゥさんは?ダングさん、リコロさんとかレアンは何も言ってきてない?」
『それがね、チラッともやもやっとは言うんだけどね、結局具体的には現状どうも出来ないよねって思考放棄』
えぇーー…とアスタロトが困惑気味に顔を顰める。
「気持ちはわからなくもないが…結局、祭事の詳細が少なくとも俺達にはわからないのであれば、何もしようが無いのでは?」
「そう、だねぇ。以前何してたか、わからないし、誰も教えてくれないし…何で誰も教えてくれないの?聖騎士、司書、下働きとかではしょうがないとは思う。けど」
アスタロトの疑問も尤もだ。
「司祭アバルードも詳細はわからないようだったな。だが、アーリエルさんとルゥさんであれば、実際やっていたからわかるだろうに」
そこに剣からの指摘が入る。
『あの、ルゥさん話したがってたけど、でも、じっくり話すことは無かったよね』
俺とアスタロトが、あ、と小さく声を洩らすと、あははははっ!と彼が乾いた笑い声を上げる。
「ごめん!ルゥさん!」
「もしかしてその祭事の話をしたかったのか?」
『でも、それならそれで先に「祭事のことで話がある」って言ってくれたら良いんじゃない?ハッキリ言わずに胡散臭い笑みを向けられても怪しさ大爆発!なんだけどぉ』
剣はルゥさんのことを密かに嫌っているのか?まぁ、警戒はしていて当然だが。
「剣ちゃん、ルゥさんの記憶で祭事の詳細はわかる?」
『うん。わかるよ』
「待て、ロト。祭事というのはイルシャ教の行事だろう?俺達がやる必要があるのか?」
「『人間には構うな』ってこと?」
俺の疑問に彼は一度ゆっくりと思考を巡らせたようだ。だが
「人間の為に、って思うから躊躇するんだよね。取り敢えず、祭事の詳細を見てから決めようと思う」
確かに。彼等も『力の化身』と『愛し子』だ。人間の為、ではなくこの世界に必要な事柄だという可能性もある。
ガンダロフと一緒に観たいな、とアスタロトは縦1m横1.5mの黒っぽいガラス板を出し、それに剣が概要を短く編集したものを映した。
『これはルゥさんが大司教だった時のものだね』
♢♢♢♢♢
大勢の正装の神官達が拝殿前の広場に整然と並んでいて、拝殿の中にも上位の神官達が並ぶ。厳かな雰囲気の中、格調高い白いローブを纏った白髪のルゥさんに手を引かれて、簡素だけど可憐な白いローブに神々しさを感じる淡い輝きを纏うアーリエルさんが拝殿の先の祭壇に向かう。誰も一言も発しない、ただ衣擦れの音だけが微かに聞こえてくる。そうして祭壇まで辿り着くと、ルゥさんはアーリエルさんの肩に手を置いて一瞬二人は視線を交わす。そしてルゥさんが片膝をついて手を組むと、アーリエルさんは立ったまま手を組み二人とも祈るような姿勢を取る。誰も何も言葉を発しない。ルゥさんとアーリエルさんが身に着けている青いペンダントやイヤリングが揺れてキラリと光る。するとアーリエルさんが纏っていた淡い光が強くなり、アーリエルさんが空に向けて腕を勢い良く伸ばすのに合わせて、パアァーー…と無数の光が空に舞い上がって散っていく。後ろに控えているたくさんの神官達が密やかに感嘆したり息を呑んだり、だが誰も一言も発しない。皆が光に注目しているのを横目に、キラキラした光を纏ったルゥさんはスッと立ち上がってアーリエルさんと熱い視線を交わす……。
♢♢♢♢♢
「トランペットのファンファーレより、パイプオルガンの方が合いそう」
アスタロトの感想は意味がわからない。いつものことだが。
『それって『結婚行進曲』?』
「結婚…いや、二人の雰囲気としては言い得て妙だが」
だが注目すべきはそこじゃないぞ。アスタロトが気付いたことを口にする。
「ルゥさん、別人?ってくらい変わってない?」
「確かに雰囲気は全く違うが、髪の色だけではなく他に変化があったか?」
「ん~~~、間違い探しのレベルが高すぎる」
だが確かに髪の色じゃなく他に何かが違う。
「まぁ、明日会った時にでも探してみよう。それよりも」
と俺はアスタロトに問う。
「明日、ああいった儀式をやるのか?」
アスタロトが真面目な表情で答える。
「あれって、『私達、幸せいっぱいです!』っていうのを見せつけてる?」
「『え?」』
真面目なのは表情だけだったか。
「でもって『幸せのお裾分け!』ってキラキラを飛ばした?」
はっ!そうか、自分達が幸せでいなければ分け与えることも難しい。俺は彼を見つめ返す。
「『幸せのお裾分け』。もしかしてそれがあの儀式の、祭事の本質か?」
だから分身体は俺達に『二人で幸せに過ごすこと』が使命だと言ったのか。
読了、ありがとうございます。
<(_ _)>
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