11.ふかふか布団(10.5)
数多ある作品の中から選んでいただきありがとうございます。
<(_ _)>
「────、ガンダロフ。────────」
……声が聞こえる……
「───、ガンダロフ。───」
甘く優しい声。俺を呼んでる。優しく撫でられた後の柔らかい感触と甘い香り。
「早く起きてね~」
あぁ、起きなくては……!
「おはよ」
目を開けたら俺のかわいい人が満面の笑みで目の前にいた。……夢?夢なのか、これは?
アスタロトは
「朝ごはん作ったから───」
と立ち去ろうとする。駄目だ!俺から離れないでくれ!急いで起き上がって彼を抱き寄せる。
「へ?何事?」
「っっ?!え?あっ!ご、ごめん!そのっっ」
彼の呟きで我に返る。抱き締めた腕は直ぐに緩めたのだが、彼は俺の膝の上に座ったまま
「寝ぼけてた?」
と聞いてきた。顔が近い!
「……そのままいなくなるんじゃないかと……」
子供染みた言い訳のようで、俺は恥ずかしくなって顔を手で覆って背けた。
「そっか~。姿が見えなくても直ぐに戻るよ」
アスタロトは俺の頭に優しくポンポンと手を置いて、膝から降りた。
「詳しい話は後で。先に食堂に行ってるね~」
「ん?食堂?っ、というか、ここは?」
彼は俺の質問には答えず、さっさと部屋を出て行った。
いや本当に、ここは何処だ?まず、ベッドが広く柔らかく天蓋が付いて立派になっている。マントと上着は近くのソファに分かり易く掛けてある。って、部屋、随分広くないか?これは貴族の屋敷の寝室か?
上着を取りに行こうとして、ベッドの横のテーブルに、お湯を張った洗面器と厚めの手拭きが置いてある。はぁ、至れり尽くせりだな。顔を洗うと、これは夢ではないと改めて認識する。
これらを魔法で出現させたとなると、彼はどれだけ無茶をしたのだろう。……不安で胸が痛む。
部屋を出る。廊下も階段も簡素だがしっかりとした造りだ。階段を下りていると、美味そうな匂いが漂ってくる。その匂いを辿って着いた部屋で、アスタロトが朝ごはんの用意をしていた。エプロンに三つ編み姿もかわいい。テーブルにはスープの入った椀、水が満たされたコップ、スプーンが置いてある。
「これは君が魔法で出したのか?」
彼はふんわりと微笑んで
「こちらへどうぞ」
と俺を席へ案内してから説明する。
「水と火は魔法で。具はそこにあったのを使いました。冷めない内にどうぞ召し上がれ。では、いただきます!」
そう言って両手の平を合わせてから食べ始めた。スープは湯気が立っていて具だくさんで、とても美味そうだ。実際、美味いのだろう。スープを食べている彼はとても幸せな顔をしていて、心が和む。が、
「あぁいや、食事もそうだがこの部屋?というか建物?というか」
「猫舌?冷めちゃうよ?」
回答を先延ばしにされた感じだが、せっかくの温かいスープが冷めるのは勿体ない。まずは食べるか。俺は湯気の立つ汁を一口飲んだ。
「…!美味い……」
気付けばスープを飲み干し、椀の中は空になっていた。そのタイミングでアスタロトが
「お代わりあるよ」
「っ!いただこう」
当然の回答だ。彼はスープをよそおいながら嬉しそうに話す。
「この世界に来てから初めての食事だね。美味しく出来て良かった」
彼の満面の笑顔も美味さの一つだな。
「あぁ、本当に美味い。ロトはなんでも出来るんだなぁ」
「なんでもは出来ない。基本、私は出来ることしかしないもの」
それでも出来ることを見つけて実行するというのはなかなか難しいことだと思うが。
「はぁぁ。美味かった。ありがとう」
「どういたしまして。私もごちそうさま」
あれだけ不安に満ちて痛んでいた心が、今は暖かく穏やかになっている。彼の魔法というよりは存在そのものの力なのだろうな。
二人で後片づけをして、応接間でお茶を飲みながら、現状報告と今後の課題や方針等を話し合う。危険な気配は全く感じられないし、アスタロトにしてみれば今のところ俺が一番の危険分子なのだろうが、何かあった時直ぐに庇うことが出来るように隣に座る。
「で、何故俺はあんなにふかふかの布団にくるまって寝ていたんだ?」
「うん。で、今ここでお茶してる」
端折るな。
「いや、だから説明をして欲しいのだが」
アスタロトは眉をひそめる。
「どこから話せば良いかなぁ」
「初めから話して終わりが来たら止めればいいと思う」
だから面倒臭がらずに細かく話して欲しい。
「あのね、洞窟の中で寝てたでしょ?あの時は疲れてたからしょうがないなって思ったんだけど、でもやっぱり落ち着かなくて。で、ガンダロフと剣ちゃんは寝てたから、何処か落ち着く場所ないかなって一人で洞窟の外に探しに行ったの。で、外に出ると凄く寒くて」
だから端折るな。
「どうやって外に出たんだ?いや、魔法でどうにかしたのはわかるから、その『どうにか』をできれば詳しく教えて欲しい」
「私自身に害が無いよう防御魔法を掛けて、毒ガスが部屋に入らない状態にしてから扉の開け閉めをして、後は外までばびゅーんと一直線」
「ばびゅーんと」
「飛んで行ったの。あ、途中で一つ扉があったかな」
『あ』で済んでしまう程度の印象しかなかったんだな、その扉。
「なるほど。で、外は寒かった、と」
すると淡々と話していた彼の瞳が俄に煌めく。
「星が綺麗でね、そのままずっと漂いたいくらい気持ち良くて」
「漂う?空を?寒い中?」
そういえば意識だけで飛んだ時も興奮気味だった。そのまま帰ってこないんじゃないかと不安になるくらいに。
「で、誰かいないかなーって探ったら馬さん狼さんが戦闘真っ最中で、馬さんとお話出来たら何かわかるかもと思ったから、全滅寸前の所を介入して」
「無事だったのは今の姿を見ればわかるが、怪我とか嫌な思いとかはしなかったか?というか、介入って」
「間に割って入って、狼さんに『これ以上馬さんには手出し無用』って言った」
他に何か話すかとしばらく待つ。……他に何も話す気はないのか、じっと俺の反応を待っている。
「…………それだけか?」
いや、絶対それだけじゃないだろう?端折らずに細かく話して欲しいのだが。彼は軽く眉をひそめる。
「え~っと、先ず『朝が来た!』って感じで明るくして、狼さんに狩った分は全部持って行ってねとお願いして、生きてる馬さんも欲しそうにしてたからそれは駄目って言って……物理的な攻撃はお互いにやってない。うん、威嚇だけ」
おそらく馬も狼も群れでいたのではないか?で、戦闘中の殺気立った狼の群れを威嚇だけでいうことをきかせるとか、一体何を……無事だったから良いか……。
「……そうか……」
アスタロトは淡々と語る。
「それで、怪我を治したり暖かくしたりで、馬さんとお話したのだけど、この山の下から更に遠い所から来たってことしかわからなかった。で、傍にあったテントやら建物やらを調べて、誰もいないし寒いだけで空気は凄く美味しいし、食料も見つけたので、とりあえず此処で落ち着こうかなと」
安全な移動先を見つけた、と。まあまあ詳しく話せるようになってきたな。
「うん、それで?」
「寝床を整えてからガンダロフと剣ちゃんを連れてきた」
だから端折るなというのに。
「……そこ、連れてきた状況の説明を詳しくして欲しいのだが」
アスタロトはちょこんと小首をかしげて話を続ける。かわいい。
「ガンダロフは人間でしょ?出来れば毒ガスには晒したくなかったから、魔法で転移したの」
彼はうんうんと頷く。
「魔法で転移。いや、その前に。確かに俺は人間だと思うが、今の言い方は君が人間じゃないと聞こえるんだが」
「?私、魔神でしょ?人間とは違うと思ってたんだけど。ガンダロフの説明では、私はこの世界の余分な力そのもので、だから、理不尽でも不条理でも、想像するだけで魔法が使えるんだーって考えに至った訳だけど」
彼は反対側に小首をかしげる。もしかして間違ってる?とでも言いたげな表情。
間違ってはいない、はず。ただ、彼自身が『魔神』つまり人間ではないということをあっさりと認めていることに、俺の認識が追い着いていないというか。だが……魔神だとか人間ではないとか、それは俺がアスタロトを好きだと自覚した時は全く関係無いことだったし、もっと言うと彼が男だということは初めからわかっていてそれでも、彼への好意が、激情が止まらない。
「……あぁ、そうか。そうだな。君が魔神だろうと人間でなかろうと、俺のかわいい人ということに変わりはない」
読了、ありがとうございます。
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