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聖者のお務め  作者: まちどり
102/197

102.夜の散歩(97)


 ルゥさんが捉えられてから60年と言ったか、そんなに長い時間を独りで耐えてきたのか……どれほどの痛みだったのか、想像を絶する。アスタロトは柔らかく微笑んで優しく語り掛ける。

「アーリエルさん。お祈りは休んでも大丈夫。『祈り』は 気持ちが伴うもの、心を込めるもの。強いられて出来るものではないはず」

 そうでしょ?とアスタロトは同意を求めるように目を細めた。ん?ピリッと突き刺さる感覚に目をそっと向けると、ルゥさんが表情は変えず、だが奥がヒリヒリと焼けるような眼差しをアスタロトに注いでいた。敵意というか殺気というか、だがこれは───。アーリエルさんは顔を上げてアスタロトの瞳を覗き込む。

「…お休み?」

「そう。お休み。今までルゥさんに会いたい一心でお祈りしてて、それは叶ったから、お休み。また神様に言いたいこといろいろ溜まってきたら、その時にお祈りしたら良い」

 その言葉を理解したのかしなかったのか、アーリエルさんは小首を傾げる。百歳越えとは思えないほど幼い仕草だ。するとアスタロトの口角が僅かに上がり

「今まで会えなかった分、目一杯甘えちゃおう!ね?」

と立ち上がると傍で見守っていたルゥさんの腕を引いて自身と位置を代わるようにアーリエルさんの前に立たせた。えっ?と戸惑うルゥさんの背中をアスタロトは優しくポンっと叩いて

「後は任せた。じゃ、お休み~」

と言い残して俺の腕を取る。

「えっ?あ、お休み?」

と若干混乱気味の俺は挨拶もそこそこにアスタロトに連れられて俺達はそそくさと退室した。




 俺達の今夜の寝床は、聖騎士団宿舎の一画に用意されていた。だがアスタロトは部屋から出ると

「ちょっと遠回りになるけど、お散歩したい」

と俺に腕を絡ませたまま別方向へ歩き始める。

「ん?あぁ、何処でも付き合おう」

 散歩、気分転換には持ってこいだな。それにロトにこんな風に誘われて、俺が断るわけがない!

 後ろに控えていた麒麟が、元の小さな姿に戻りアスタロトの肩に載って報告がてら話しをする。捕虜二人については、従順ながらもどことなく怯えた感じがするようだと聞いたアスタロトは思案気味に言う。

「気になってたことがあってね。彼等、捕虜になって私達が朝食をマジックバッグから出して提供した時に、凄くびっくりしてたし、怯えてた」

 その言葉に俺もその時のことを思い返して答える。

「それは毒見だと伝えたからでは?」

「でも普通に食べてたから、毒は無いって知っていたのかも。『あの食事を提供される』という状況に怯えた?」

「『状況に?」』

 俺と麒麟が首を傾げる。

「うん。北の住居に残りたいって望んだのも、こちらに来たときの少し諦めが混じった決意のようなものを感じたのも、あの食事を取った人達がどうなったのか知っていて、次は自分達の番かもって思ったとしたら」

 アスタロトの意外な着眼点からの推考に俺は驚いて思わず足を止めた。

「ラクーシルがやったのと同じことを俺達がやると思われたのか?一体ラクーシルは何をやっていたんだ?」

「それはわからない。考察するにもあまりにも材料が少ない」

 アスタロトは視線を外して頭を振る。

「碌でもないことだろうけど、それは過去のことで私達には関係無い」

 それは正論だが、今俺達がやってることの殆どはその碌でもないことの尻拭いだぞ?




 慰霊碑の向こう側、マオが地中深くに眠っている野原を二人でざくざくと歩く。足元から青い草の匂いが立ち上る。

「この辺りは結界が張ってあるのか?」

と俺は辺りを見回す。

「うん。私とガンダロフと眷属と大きな木以外は入れない」

 空は星の瞬きが薄い雲にたまに遮られて、半分の月が随分前に沈んだ太陽を途切れ途切れの雲を避けながら追いかけている。

『私は周囲を見廻ってきます』

 麒麟がふわりと浮かび上がって闇に紛れた。…俺達に遠慮したのか?

「誰にも聞かせたくない話、か?」

「ううん、眷属のみんなには剣ちゃんから伝えておいて」

 あぁ、剣と話がしたくてこの結界内に来たのか。

『うん、で、話って?』

 剣がほわんと淡く光る。

「大したことじゃ無いかも。さっきの捕虜二人のこともそうだけどね、なんというか、幼く感じる」

「『幼く?』捕虜二人が?」

 俺と剣が復唱して問い返す。

「見た目じゃなくて、中身が。アーリエルさんも、ルセーニョも」

 今名前が挙がった人物は見た目も若いと思うが、中身、か。

「……言われてみれば、確かにそのような印象は受ける。それがラクーシルの影響だと」

 俺がそう返すとアスタロトは薄雲で所々破けたように見える夜空を仰いで、ふぅ、と息を吐いてから俺と目を合わせる。

「無関係ではないよ」

 確かにそうだ。

「実際何をどうしたのかはわからないけど、さっきも言ったとおり、「碌でもないことだ」ろう」

 途中から俺の声が重なってびっくりしたアスタロトの晴れた新月の夜空のような黒い瞳に俺が映る。

「俺達がこの世界に呼ばれる前に何があったのかはともかく、その所為で何が起こったとしても俺が君から離れることは無い」

 驚いた顔もかわいいな。俺はきつくならないように気を付けてアスタロトを抱き締める。

「だから君が思っていること、憂いていること、何でも話して欲しい」

 そして俺も君の成すべきことの一助になりたいんだ。


 読了、ありがとうございます。

 <(_ _)>

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