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第七話:罪科を背負いしもの

 宵を超え空が白む頃、トーマは漂う匂いにつられて起床する。

 大公園の小高い丘にある変電室の近くで白い煙が立ち昇っており、様子を見に行くと新人のヨシトが電気コンロとフライパンを使って何かを炒めていた。


「なんかやけにいい匂いがすると思ってみれば……何をしてるんだ?」

「おはようッス! 昨日の宴会で余った弁当で朝飯を作ってみたんですけど、一口どうッスか?」

「あまり公園内で煙を出したらいけないんだが……」


 そう言いながらも食欲が刺激される匂いが気になり、皿に移された料理を口に含む。


「ンンッ!?」

「げっ、もしかして味の調節ミスりました!? 種付けおじさんになったばかりだから舌がおかしくなってんのかな」


 ヨシトは口直しとして生温い缶コーヒーを差し出すが、トーマはそれを受け取らず、それどころか皿に残っていた料理に手を伸ばしてそれを食べだした。


「熱い! 美味い!」

「あの……猫舌なんスか?」


 今までの落ち着いた雰囲気とは打って変わり、一心不乱に飯をかっ食らうその姿にヨシトは戸惑う。


「いや、そうじゃない。温かい飯が……そう、熱のある飯がこんなにも美味いとは思いもしなかったんだ!」

「大袈裟な……調味料で味を調えるとかできないから、材料の比率で味を誤魔化してるだけッスよ」


 ヨシトからすれば……いや、後天的な種付けおじさんではこれは理解できないだろう。

 彼らにとって当たり前だったものであり失ったものではあるが、生まれた時から種付けおじさんであったトーマにとっては最初から存在しなかったものなのだ。


「おはようございます二人とも、ちゃんと電気が使えているようですね。それにしても温かいご飯なんて何年ぶりですかね」


 大公園の電気設備の応急処置を終えたイクトが、手袋を外してトーマの隣に座る。


「種付けおじさんは店内どころかテイクアウトもできないし、コンビニでだってあくまで金を置いて見逃されてるだけで、レンジとか使わせてもらえないしな」


 そして腹と舌を満足させたトーマは缶コーヒーを飲んで一服する。


「昨日覚悟してたつもりッスけど、想像以上にハードな暮らしになりそうッスね」


 そうは言いながらも、ヨシトはここから逃げようとは思わない。

 逃げる場所がないというのもあるが、ここには仲間がいるからだ。


「それにしてもこの飯美味いな。金取れるんじゃないか?」

「そんな大袈裟なもんじゃないッスよ。料理は点数つけられないから練習してただけで……まぁ親に無駄だから止めろって言われたし、種付けおじさんになったから今じゃ、金を取ろうにも誰も雇ってくれないッスよ」


 少しいじけながら他の面子の料理をよそっていくヨシトに、イクトが声をかける。


「種付けおじさんでも副業は認められてますよ。まぁ正規の手段ではありませんが」

「マジっすか!?」


 ヨシトが驚くのも無理はない。

 種付けおじさんは蔑まれ、遠ざけられるもの。

 

 それが収入を得るなど違法行為くらいしかないと考えているが、実際にそういった手段に出れば警察が一斉駆除に乗り出すことだろう。

 種付けおじさんには人権も生存権も与えられていないのだから。


「副業といっても、お前が考えているようなものじゃないぞ。ゴトーなんかは服を作って売ってる。今着てるこのスーツだってあいつが作ってくれたやつだしな」

「ちなみに僕は仮想通貨で稼がせてもらってます。やりすぎると役所の人が飛んでくるのでちょっとずつですがね」

「私はそういうのができないから、代わりにイクトの本業をすることで報酬を貰っている」

「いつもお世話になってます。僕はどうにも種付けおじさんに向いてないせいか、人を襲うのが苦手なんですよ」

「気にするなって、代わりにこっちも電気やらスマホやらで助かってるわけだから。そういうわけで、ヨシトは料理が得意なら、それを他の種付けおじさんに売るって方法もあるぞ」


 ヨシトは種付けおじさんになったばかりではあるが、自分の知らないことがこんなにもあるのかと呆然としてしまった。


 確かに種付けおじさんは社会的に弱く、追いやられている。

 だが死なないよう、強く逞しく生きてもいるのだ。


「兄貴からのコンプレックスから始めた料理が、こんなことに役立つなんてなぁ……」

「おぉっと、副業もいいが本業を忘れたら駄目だぜぇ?」


 突然後ろから伸ばされた手に驚き後ずさるが、逃がさないといわんばかりにトーゴがその体を捕まえた。


「忘れてるかもしれねぇが、俺達種付けおじさんには人権がない。この中の誰かがポックリ逝ってもおかしくねぇんだ。だから生きてる内にお前さんに本業を叩き込ませてもらう」

「本業って……また清掃活動でもするんスか?」


 ヨシトの質問に、トーゴが指を軽く振って否定する。


「今日のは違う。役所に言われたターゲットの家に侵入して、目一杯怖がらせて更生させる。種付けおじさんとしてな」


 この社会において、種付けおじさんの主な役割は悪への予防とカウンターである。

 悪評を気にしてしまうせいで警察や役所じゃ対応できない部分を担っているのだ。


「周囲の状況把握に侵入のコツ、ターゲットを逃がさない術や警察が踏み込んできた後の逃走ルートなど、覚えることが沢山です」


 イクトが朝食を食べながらしみじみと語る。

 確かに本業が苦手ではあるものの、トーマがいなくなれば自分でやるしかないからこそ、丹念に教わったからである。


「現場からある程度離れれば大丈夫だが、失敗したり間違えたりしたら即射殺だからな。……おかげで、衰えた奴から死んでいく」


 トーマの言葉を聞き、ヨシトは不安になり唾を飲み込む。


「お、オレにもできるッスかね……」

「できなきゃ死ぬだけだ、気にすんな。それじゃあ周辺地理を頭に入れる為にもさっさと行くぞ」


 そう言ってトーゴ達は坂を下って大公園から出ようとすると、その後ろからゴトーが走ってきた。


「ちょーっと待った! 折角の初仕事……の同伴だってのに、そんな格好で行かせるつもりかお!?」


 種付けおじさんを象徴するマスクはさておき、服装についてはトーゴはスーツでヨシトは国が廃棄したジャージである。

 確かに互いの見た目のバランスは一目で合っていないと分かる。


「種付けおじさんになったからには、やっぱ見た目にも気を使わねぇとな。ほれ、お前さんの服だ、出世払いにしといてやるから着な!」


 そう言われてヨシトは手渡された衣服に着替える。

 体格が一般人に近しいこともあり、マスクがなければファッションセンスのある若者といったように見えた。


 まだ服に着られているような格好だが、それでも十分に様になっているヨシトを見てトーマやトーゴが静かに頷く。


 しかし、イクトだけは難しい顔をしていた。


「すみません、ゴトーさん。あれ何処かで見たことがあるような気が……具体的には、超有名ブランドのやつそっくりなんですけど」


 イクトがスマホを操作していくつかの記事を全員に見えるように表示させる。

 そこには新作を出せば必ずSNSで話題になる会社が次に出す衣装が羅列されており、ゴトーが持ってきたものを酷似しているものがあった。


「おぉ? 似てるっつうか、昔会社に出したデザイン案を流行に合わせてアレンジしたんだろ。元のデザインは今ヨシト坊が着てるやつだお」


 突然の爆弾発言に全員がざわついた。


「ゴトーさん、あんな超有名ブランド会社で働いていたんですか!?」

「おいおい待て待て! お前なんで種付けおじさんなんかやってんだよ!?」


 トーゴとイクトがゴトーの肩を激しく掴んで揺らす。

 それもそうだ、子供でも知らない者はいないとされる世界有数の会社で働いているどころか、デザインが採用されるだけの才能と財力を持った者が種付けおじさんになっているのだ。

 生まれつきの種付けおじさんでもなければ、うろたえないはずがない。


「うっせぇーなー! 会社のイメージが下がるって理由でエッチな店に行けなくなったから五十九人の女と一人の男を泣かせることになっちまったんだよ!」


 ちなみに、この社会において性風俗は犯罪の温床にならぬよう公営店しか存在していない。

 なので、そういった記録は必ず残されており、会社側が求めればそれが提出されるようになっている。

 ゴトーは溢れ出る性欲を発散する為に給与の約四割を使うほど通いつめていたが、種付けおじさんになったことで今はその性欲をコントロールできるようになり、むしろ感謝していたりもする。


「おらっ、いいからさっさと仕事行ってこいや!」


 怪物クラスの性欲を持つゴトーから手を振り払われたトーゴとイクトは納得はできない顔をしつつも、渋々と後ろに下がった。


「なんていうか……凄い人達ばっかりで気後れしそうッス」

「全くです。こういう人達に囲まれてると気が気じゃないですね」


ポツリとこぼしたヨシトの独り言にイクトが同意する。


 トーマは敢えて何も言わなかった。

 中規模の会社だったものの、たった一人でシステムエンジニアとプログラマーを兼任し、ハッキングやデータ改ざんを行って数億を横領した奴も大概であると。

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