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第六話:類の友

 そうしてトーマとヨシトは大公園へと帰って来た。

 集団リンチを受けたものの、ヨシトはもう普通に歩けるくらいに回復していた。


 大公園に帰って来たトーマとヨシトが変電室の横にある用具室に入ると、中には既に出来上がっていた種付けおじさん達がいた。


「よーっす、主役のお帰りだ! さぁ皆様、産声をあげた新たな種付けおじさんに万雷の拍手を!」

「おめーはその粗末なもんを仕舞え! せっかくの宴会だってのに、なんでそんなもん見なきゃなんねぇんだよ!」


 ゴトーはマスクどころか全裸になっており、トーゴが脱ぎ散らかされたズボンを投げつける。

 明るいムードではあるものの、自分のせいで迷惑を掛けてしまったことを申し訳なく思ったヨシトが頭を下げる。


「すみません、オレのせいで―――」

「おう、何か知らねーけど気にすんな。種付けおじさんになったからには、失うもんは命くれーだ。ほれ、飲め飲め!」


 本当に何でもなかったかのような態度で、そして全裸のままゴトーがヨシトに缶ビールを勧める。


「いえ……オレ、まだ未成年なんで酒は飲めねぇッス」


 衝撃の発言に、場の時間が止まった。

 若い個体だとは思っていたが、まさかそこまで若いとは誰も予想できていなかった。


「ギャハハハハ! 未成年? 種付けおじさんになっておいて今更そんなこと気にしてどうすんだお!?」


 何かがツボったゴトーが大爆笑しながら壁を叩く。


「真面目そうな子ですねぇ。僕は幾十イクト、電子機器や電気が必要になったら教えてください。昔の知識で色々と都合できます」


 コードで編まれたマスクを半分ずらしたイクトは、封が切られていない廃棄弁当の一つをヨシトに手渡す。


「それと横領も得意なんだよな? 確かそれで億単位の金を懐に入れたせいで種付けおじさんになったんだし」

「ちょっ、秘密にしておいてくださいよ!」


 イクトをからかいながら、その後ろからトーゴが手を伸ばす。


「俺は十吾トーゴ、んであっちで笑い転げてるのが後十ゴトーだ」


 ヨシトは差し出された手をおずおずと握ると、力強く握り返され、ブンブンと激しく振られた。

 それを見て安心したトーマが口を開く。


「そして、あー……私が十間トーマだ。私とトーゴは生まれつきの種付けおじさんで、ここの古株でもある。遠慮なく頼ってくれ」


 これで大公園に住む種付けおじさん達の自己紹介が終わり、最後の新人が喋るのを待った。

 皆の視線を……外の世界とは違う、どん底にまで落ちた自分を受け入れてくれた種付けおじさん達の眼差しに応える為にヨシトは意を決した。


吉十ヨシトッス……。オレには、優秀な兄貴がいたッス。だから、あいつは優秀なのにどうしてお前は……お前が怠けているせいだ、努力しろって言われ続けてきたッス」


 種付けおじさんになった際に、名前とそれに順ずる記憶も抹消されている。

 だがヨシトの執着によって、その記憶は脳にこびりついていた。


「ずっとずっと我慢して、頑張って、だけど兄貴はいつもその上をいってて……そんな時、親に言われたッス……”私の遺伝子が入っている■■はあんなに優秀なのに、どうしてお前はいつまでも落ちこぼれなんだ。私の遺伝子が入ってないんじゃないか?”」


 遺伝子と血が重要視されているこの社会にとって、その一言はあまりにも惨い言葉であった。


「オレ、その一言でキレて家を放火したッス……お前の遺伝子を継いだガキは、自分の家に放火するような犯罪者なんだぞって……仕返ししたくて……ッ!」


 ヨシトが俯き、いくつもの涙が地面に染みを作っていく。

 それを慰めるようにトーマが優しく背中を叩く。


「そうか、辛かったな。でも大丈夫だ、ここにはお前を誰かと比較するようなロクデナシはいない」

「……ロクデナシどころか、人権もない人でなしの集まりなんだけどな!」


 トーゴの冗談でヨシトを除いた四人が笑った。


「いや、本当にそういうの気にしなくていいぞ。全裸になってるゴトーなんか五十人以上の女性を襲ったんだからな」


 話題になったゴトーは、悔しそうにしながらあおるように酒を飲む。


「正確には五十九人! 最後……最後の一人が男の娘だったせいで……大台の六十人を逃しちまった……一生の不覚! やり直せるなら次こそ新記録を狙うお!」

「やり直すなら次こそ真面目に生きますとかそういう方向に行けよ! だからお前はバイタリティの化物だって言われてんだよ!」


 トーゴのツッコミをさらりと受け流し、ゴトーは笑いながら更に酒を飲む。

 犯罪者になろうとも、人権を失おうとも、笑いながら生きている皆を見て、自然と笑みがこぼれてしまった。


「アハハハ……こんなヤベー人達がオレと同じ種付けおじさんだなんて、心強いッスよ」

「あぁ、ここにいる全員が君と同じ種付けおじさんだ。同類同士、仲良くしよう」


 吹っ切れたヨシトは廃棄弁当をかっ喰らい、皆の輪の中へ入っていった。

 全員が大いに喰らい、そして飲み明かした夜に複数の足音が聞こえる。


 それを察知したトーゴ達は息を潜め、それに倣ってヨシトも静かにする。


「オエエエエエエッ!」


 トーマがこっそりと扉を開けて外の様子を伺うと、見知った顔が嘔吐しているのが見えた。


「あぁ、クソッ……飲みすぎちまった……」


 ヨシトをリンチした若者達のリーダーであった男は種付けおじさんに気圧されたことを忘れる為に酒を飲み、そして無様に何度も嘔吐していた。


「あ、あいつ……」


 ヨシトが扉の隙間から外にいる男を見てしまい、不安に駆られる。

 身体能力でいえば種付けおじさんの方が一般人より何倍も強い。

 だが、その力を一般人に振るえば警察が黙っていない……逮捕されるどころか、いきなり駆除されるのが常識である。


「大丈夫だ、ここには種付けおじさんが五人もいる。君を守ることくらい、どうってことないさ」


 トーマが励まし、ヨシトが頷く。

 種付けおじさんである限りあの男には何も出来ない為、全員がその男を注視する。


「ゲッ、ズボンにゲロが……クソ、クソ、クソ! ムカつくぜぇ!!」


 男はやり場のない怒りを、近くの物に当たること発散しようとする。

 トーゴはそれを不安そうに見ていた。


「なぁ、あいつ電源パネル蹴ってるけど大丈夫なのか?」


 直後、部屋の電気が切れて暗闇となってしまう。

 それどころか大公園にある街灯も消えさり、闇夜に包まれてしまった。


「……駄目みたいだな。ところでイクトよ、お前パソコンそのままにしてなかったか?」


 暗く見えないはずのイクトの顔から表情というものが消えた。

 イクトをよく知る三人は一歩距離を離す。


「いえ、キレてないですよ? 種付けおじさんになった僕は感情制御もお手の物ですから」


 空気を察してイクトが何でもなさそうに言う。

 イクトの言うとおり、種付けおじさんになると脳外科によって怒りという感情が抑えられるようになる。


「多少はどうにかなるが、吹っ切れたら熊よりもヤベーって言われてるんだがな」


 それを補足するようにトーゴが返す。

 人類は医療の進歩によって様々な問題を解決してきた。

 だが、全てを克服したわけではない。


 だからこそ、脳外科の処置をされた種付けおじさんであっても、時折一般人を襲う事件が発生しており、警察が駆除しているのだ。


「それよりも皆さん、お気づきですか? 公園のインフラを破壊するなんて、テロと同義。これはおしおきせねばなりません!」


 力説するイクトに対して、トーマとトーゴは呆れた顔を返す。


「おっ、男をおしおきか? こういう時の為に裁縫しててよかったお」


 だがゴトーは乗り気なのか、部屋の隅に置いてあった鞄から女物のカツラと服を取り出した。

 それを見てヨシトは狼狽し、トーマは悟ったかのように肩を叩き、トーゴは諦めたように扉を勢いよく開け放って外に出た。


「そぉら! 悪い子には種付けしちまうぞぉ!!」


 暗闇の中から突如出現した種付けおじさんを見て、男は腰を抜かしてしまった。

 吐き気すら忘れ、自分に迫る種付けおじさん達の手を見て必死に逃げようと這いずる。


 そんな男をトーゴ、ゴトー、イクトの三人は獲物を逃がすまいと囲む狼のように徐々に近づいていく。


「ひ、ひいいいいいいい!!」


 男は必死の形相で逃げる。

 種付けおじさんの群れは下卑た表情を浮かべて迫る。


 そうして男は伸ばされた魔の手にどうすることもできず……捕まる前に、坂から転げ落ちたことで、難を逃れた。


 九死に一生を得た男は急いで立ち上がり、そのまま振り返ることなく走り去って行った。


「ギャハハハハ! いい気味だぜ!」

「フッフッフッ、まぁこれで溜飲を下げてあげましょうか」


 トーゴとイクトが笑い声をあげ、続いてゴトーも笑う。

 それにつられてトーマも笑い出し、ヨシトも吹っ切れたように笑った。


 暗闇に包まれた大公園に、種付けおじさん達の笑い声が響き渡った。

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[良い点] ディストピアで、出てくるおじさん達も相当えげつない奴らばかりなのに 脳が麻痺したかのように爽快感を覚える。 ゴイスー
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