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職業、種付けおじさん  作者: gulu


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第四十三話:一つの終わりと、一つの結末

 先ほどまで元気よく走っていたヨシトが、地面に倒れる。

 起き上がろうとするも、初めて味わった激しい痛みと熱で悶え苦しむ事しかできなかった。


 階段の先には、ボロボロのマスクとスーツを着た種付けおじさんが拳銃を構えていた


 いや、種付けおじさんであれば素手で人を殺せる、銃は使わない。

 ならば眼前の男は何なのか?


「ボクが……ボクが何とかしなきゃ……」


 マスクを脱ぎ捨てた男の目の焦点は合っておらず、ブツブツと独り言を呟いている。

星見は、その男の名前を知っていた。


「安鳥プロデューサー……?」


 この暴動がニュースで報道された直後、安鳥は病院を抜け出して街へと向かった。

 たった一つしか自分には残されていない唯一の役目をこなす為に。

 星見 透のプロデューサーであり、彼女を守るという強迫観念にも似た使命感を満たす為に。


 現場には多くのモノが取り残されていた。

 泣く事しかできない被害者、動かなくなった死体。

それに捨てられた種付けおじさんの死骸に、そのスーツとマスク。


 安鳥は地獄に適応する為、自ら種付けおじさんのスーツとマスクを身に付けた。

 これで他の種付けおじさんに襲われることがなくなり、星見を助ける為に何時間も地獄の中を歩き続けることになった。


 そしてその地獄の光景によって、ただでさえ不安定であった心は更に磨耗していき、警察官の死体を見ても何の感動も示さず、ただ武器となる銃を奪う事しか頭になかった。


 ただ一つ、星見を助けるのは自分でなければならないという意思だけを以って彼は歩き続け、先ほどまで配信されていた映像からここに辿り着いたのであった。


「離れろ……透から離れろ、種付けおじさん!」


 安鳥が震える手でトーマに銃口を向ける。

 隣には星見が居り、彼女を守るように覆い被さって彼から守ろうとした。


≪パァン≫  ≪パァン≫


 二発の銃声が屋上に木霊した。

 トーマは痛みを覚悟していたものの、どこにも当たっていないようであった。


 否、確かにその凶弾は当たっていた。

 安鳥とトーマの間に立ち塞がったトーゴの身体に。


 トーゴは脚から血を流しながらも、歯を食いしばって前進する。


「死ね……死ね、種付けおじさん……お前らさえいなくなれば、透が助かるんだ!」


≪パァン≫


「トーゴ!!」


 先ほどよりも近い距離での発砲。

 銃弾はトーゴの胸部に命中し、床に赤い点が垂れる。

 それでもトーゴは歩みを止めずに進む。


 安鳥は更に引き金を引くが、既にシリンダーの中に弾はなく、ただ回るだけであった。


「人様に撃ったら殺人未遂だぞ、馬鹿野郎」


 そしてトーゴのフックが吸い込まれるように安鳥の顎へと綺麗に入り、そのまま気絶して倒れてしまう。

 それに続くようにトーゴも膝から崩れ落ちてしまった。


「しっかりしろ!」


 星見の肩を借りてトーマが急いで撃たれたヨシトとトーゴに側に駆け寄る。


「オ……オレは大丈夫ッス……でも、トーゴさんが……」


 ヨシトが体を起こす。

 肩に命中したらしく、血が滲んでいた。


「ちょっと我慢しろよ……!」

「がぁっ!?」

 トーマが無理やり傷口に指を突っ込む。

 流石は種付けおじさんとも言うべきか、弾は深い位置まで入り込んでいなかったおかげですぐに摘出することができた。


 問題は―――脚と、そして左胸から出血しているトーゴである。

 種付けおじさんの肉体であれば問題なかった。

 しかし彼の肉体は、ただ復讐の為に鍛えただけの一般人のものである。


 先ず間違いなく、致命傷だ。


「は、はは……こんな最期とはな……。でも、まぁ……俺らしいっちゃらしいだろ……」

「いいから黙ってろ!」


 トーゴは仰向けになりながら、痛みを散らす為に浅く呼吸をする。

 少しでも出血を抑える為にトーマが自分のスーツを使って傷口を押さえるも、無常にも血は流れ続けていく。


「なぁ……兄弟……生涯の夢が叶ったって……言ってたよな……実は、俺もなんだよ……」

「黙ってろ! 大丈夫、大丈夫だ、大丈夫だから……」


 トーゴに言い聞かせるというよりも、まるで自分自身に言い聞かせるようにトーマは必死に声を掛け続ける。


 大勢の同類が死んだ、家族同然の仲間も失い、今……この世でたった一人の家族すらいなくなろうとしている。

 希望を持ったからこそ、トーマは今、絶望の炎によってじわりじわりとその心が焦がされていった。


「復讐も……夢っちゃあ、夢だったんだけど……もう一つ……あったんだよ……夢がよ」


 徐々にトーゴの呼吸が弱くなる。

 その場にいた全員が、トーゴの為に祈る。

 しかし既に日付は二十五日を過ぎており、クリスマスの奇跡は終わっていた。


「一度でいいから……兄弟喧嘩……して……みたかったんだよ……一人じゃできねぇからな……」


 トーゴが吐血によって咳き込む。

 赤黒い血が、半分は同じ血が流れているトーマに掛かる。


「そう……だ……人権……が……与えられたら……必要になるから……やるよ……俺の、本当の名前……景善かげよし……もう……使わねぇからな……」


 最早その命の灯火は消える間際であった。

 トーゴの……かつて景善という男だった言葉を止められる者はそこに居なかった。


 トーゴは震える右手で、ゆっくりとトーマの胸に手を当てる。

 最早動いているのかも分からない自分のものとは違い、右手から伝わるその鼓動に安堵した。


「しあ……わせ……に……なれ………よ……―――」

「……兄弟?…………兄弟!!」


 最後に己の事を初めて兄弟と呼んでくれたことに満足したのか、トーゴは大きく息を吸い―――そしてそのまま、眠るように瞼を閉じた。


 瞼の上に、何粒もの涙が雨のように落ちていく。

 人ならざるものの慟哭が、曇った夜空に響き渡った。

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