第三十一話:救いなき獣の行進
幸せな喧騒に包まれた繁華街。
道行く人々は誰もがクリスマスを心から祝っていた。
そこへ異端の群れが混じる。
常ならば人々は汚らしいと視線を送っただろう、小さく罵倒の言葉や態度にて嫌悪感を示すだろう。
しかし、その異端はあまりにも異常であった。
裏道などを通りさえしなければ見る機会も無い種付けおじさんが群れとなり、あまつさえ道のど真ん中を我が物顔で歩いている。
あまりの異常事態に皆が喋るのを止め、歩くのを止めてしまう。
正常な対応は何なのか、どう行動するのが正しいのか、皆が戸惑いながら、誰も動けなかった。
そんな中、泥酔した一人の男性が種付けおじさんの群れへとぶつかる。
「なぁんだぁ、お前らぁ? ここはてめぇらみてぇなクソがいていい場所じゃねぇぞぉ~!」
酔いにより正常な判断力を奪われながらも、彼はしっかりと喋れてしまった。
その台詞が、異端の群れに届いてしまった。
先頭の種付けおじさんがおもむろに泥酔した男に手を伸ばす。
「おっ? なんだぁやんのか? 警察に駆除されてぇみてぇだなぁ~!」
フラつく男は首元の襟を掴まれ、群れの中に引きずり込まれる。
男は引き剥がそうと抵抗するが、相手は種付けおじさん……泥酔していない状態であっても不可能だ。
男が完全に飲み込まれた後、何かが破れる音とくぐもった叫びが出る。
最初は数秒、次に十秒、それから先はずっと何かが無理やり口を押さえられたかのような叫びが、クリスマスのBGMと共に聞こえる。
次の種付けおじさんが、近くにいた若い女性二人に近づき、おもむろにその匂いを嗅ぐ。
普通ならば即座に距離をとって逃げていたが、女性とって目の前にいた種付けおじさんは野生の獣のように思えた。
刺激すれば何をされるか分からない……何も起こらない事を祈り、ひたすら我慢した。
しかし、その祈りは届かなかった。
種付けおじさんは女性の手首を掴み、群れの中に引きずり込もうとする。
「あ……ゃ……まっ―――」
女性は力なく首を横に振り拒絶の意思を見せる
だが、種付けおじさんの目を見て彼女は理解した。
あれは最早、猛獣の類なのであると。
抵抗するならば、抵抗できなくなるまで痛めつけるであろうと。
そうして彼女も群れの中に飲み込まれた。
何かの破れる音、くぐもった悲鳴によってクリスマスソングの合唱となる。
そして今度は若いカップルの所へ種付けおじさんが向かった。
先ほどと同じようにうら若き乙女の匂いを嗅ぐ。
周囲にいる者は誰も動かない。
一人、また一人と種付けおじさんが囲むように近寄ってくる。
周囲にいる者はまだ誰も動けない。
種付けおじさんが女性に手を伸ばす。
そこで我慢ができなかったのか、彼氏が種付けおじさんの顔を思い切り殴りつけた。
「は……離れろ、この薄汚い種付けおじさん共が!」
威勢よく吼えるその男を見て、取り囲んでいた種付けおじさん達の顔がマスク越し醜く歪む。
まるで子犬に噛まれたかのようにしか感じておらず、マスクの下では優越感と万能感、そして今まで縛られていた事から開放された事による笑みが浮かべられていた。
種付けおじさんが、今度は彼女の方ではなく彼氏の方に手を伸ばす。
男は必死に抵抗すべく再び拳を突き出すが、種付けおじさんにとってみればあまりにも遅い一撃。
軽く体をひねって避けられ、首を掴まれる。
「あ……が……!?」
男が苦悶の表情を浮かべ、顔色が徐々に青くなっていく。
種付けおじさんはさらに首を握る手に力を込め、そのまま男を持ち上げる。
周囲にいる者は誰も何も出来ない。
そして種付けおじさんは男の首を掴んだまま振りかぶり―――大きなガラスで仕切られていた店に全力で投げつけた。
通常、こういった店のガラスは車が突っ込むくらいの衝撃がなければ割れる事はない。
だが、種付けおじさんによって投げられた男はガラスを砕き、血まみれになりながら店の中に突っ込んだ。
突如店の中に血だるまとなった男が投げ込まれたせいで、店から大きな悲鳴が響き渡る。
そこでようやく、周囲の者達は思い出したかのように悲鳴をあげ、逃げ出した。
それが狩りの合図になったのか、種付けおじさん達は一斉にマスクを脱ぎ捨てて手当たり次第に人を襲う。
逃げる者は背後から捕まえられ、散らかったテーブルに隠れていた者はひきずりだされ、そして武器を持って抵抗した者は容赦のない暴力を以って、どうなるかを思い知らされた。
クリスマスムードで祝われていた繁華街は、一転して地獄の様相となる。
何よりも恐るべき事は、種付けおじさんが暴力を振るう事に躊躇しなくなった事だ。
今まで種付けおじさんはどんな事があろうとも、あくまで相手を徹底的に辱め為に性的に襲う事しかしなかった。
だが、今はもう違う。
思うがままに肢体を貪り、自由に暴力を振るう。
正しくニュースで言われていた通りの野獣と化していた。
涙を流して訴える女性がいた。
口を塞がれ、飲み込まれていった。
恥も外聞も捨て、財布を差し出し助けを乞う男がいた。
種付けおじさんは満足そうな顔をして、土下座をしていた男の頭を踏み抜いた。
ここでようやく警察官が現場に到着した。
数人の警察官が銃を構えて、一斉に種付けおじさんの群れに発砲する。
外す方が難しいほどに密集していた事もあり、弾は全て命中した。
だが倒れた種付けおじさんは何処にもいなかった。
簡単な話だ、口径不足である。
確かに平時であれば全く問題ない。
何故ならば一個体の種付けおじさんを、複数の警察官が死ぬまで弾を撃ち込むからだ。
今は違う。
弾の数よりも、種付けおじさんの方が多い。
そして予備の弾もない今、警察官達は種付けおじさんと戦う術を失った。
かつて一方的に撃たれた事のある種付けおじさん達が、高笑いしながら警察官達を捕まえる。
しかし種付けおじさん達は殴る事も、蹴る事もしない。
ただ彼らを持ち上げ―――そのまま空へと投げた。
ビルの三階まで放り投げられた彼らはどうする事もできず、頭を下にしたまま地面へと激突した。
鈍い音と共に、地面にいくつもの赤い華が咲いた。
それを見て種付けおじさん達が狂ったように嗤う。
醜悪で、残虐で、それでいて救いようのない怪物。
これこそが一般人達が望んでいた種付けおじさんの姿である。
そうして彼らは行進する。
望まれたように、望むがままに、大勢を破滅の渦へと巻き込むが為に。




