第三十話:奇跡は平等に降り注がれた
クリスマス、それはかつての聖人が誕生した事を祝う日。
宗派は違えど、日本においてもその日は道行く人々が色めき立っていた。
電飾によって着飾られた街路樹、祝福を告げる陽気な音楽、それを包む純白の雪化粧。
誰も彼もが幸福を確信していた。
そんな街中の高級ホテルにおいて、種付けおじさん達が集う。
宴会場には数々の料理や酒が所狭しと並べられ、正に酒池肉林とも言うべき様相であった。
だというのに、その場にいる種付けおじさん達の顔色は浮かないものであった。
料理や酒が不味いわけではない。
ただ十二の仲間の喪失、そして世間からのバッシングがその味を最悪なものに仕立て上げていた。
更に、いつもなら開始の合図をする五十下議員もいない。
彼が居たならば、きっとこの場に集まった種付けおじさん達を励まし、そしてその存在を肯定しただろう。
だが既に数時間が経過しているというのに一向に現れる気配が無い。
イクトはそのせいで見捨てられたのではないかと不安がっていたが、トーゴは気にせずに料理と酒を楽しんでいる。
しばらくして、宴会場に設置されていたスクリーンが起動する。
一体何なのかと全員がそこに注目すると、そこには五十下議員の動画が再生された。
『諸君、前の事件において色々な追求がこちらに来ている為、そちらに顔を出しに行く事ができない。……本当にすまない』
血がにじみそうな程に食いしばり、それでいて申し訳なさそうに頭を下げる五十下議員の姿が、そこにあった。
彼はかつて種付けおじさんであった、そして今もなお仲間の為にその身を粉にして戦っている。
だというのに、自分達は何なのか、ここで飲み食いする事しかできないのか。
その場に集った種付けおじさん達は己の無力さをかみ締める。
映像が終わる。
皆が口も手も止め、静まり返る。
静寂の中に、場違いな音が流れ出した。
五十下議員の映像が終わった後にホテルのスタッフが誤操作したせいか、スクリーンにはニュースの映像が流れたのだ。
『本日はホワイトクリスマス! 街中で幸せな方々が多く見受けられます!』
そしてスクリーンの向こう側にある幸せと、それを享受する奴らの顔を見せつけられた。
愛を囁く恋人達、子供と共に祝う家族達、多くの幸福で満たされていた。
それを見て、いくつかの種付けおじさんの顔が大きく歪む。
かつてはあの場所に自分もいた。
無自覚に、当たり前にあるものの幸福に満たされた世界。
それに比べて、今の自分はどうか。
誇る過去は何処にもなく、目指す未来もなければ、何かを成し遂げる力もない。
嗚呼、なんとも惨めな一生であろうか。
暗澹とした気分を察したかのように、ニュースが切り替わる。
内容は、先日の事件について……。
被害にあった若者にはそれぞれ問題があった。
だが、だとしても、ここまでされる理由はあったのか?
この行いに正義などあるはずもない。
法に縛られず、好き勝手に振舞う種付けおじさんが社会に蔓延っている。
おぉ、なんと恐ろしい事か。
我々は戦わねばならない、あの醜い野獣達と。
我々は忘れてはならない、尊い十一人の犠牲者を。
そこでようやくスクリーンが消えた。
あまりにも遅かった。
満足に生きられぬ悔しさが、排斥される恨みが、そしてそれを安全な場所から好き放題に言う奴らへの妬みが、そこには渦巻いていた。
沈黙が支配する。
しかし、そこには目に見えない強烈な黒く汚れた感情の坩堝が形成されていた。
トーゴがポツリと言葉を漏らす。
「どうしてここまで言われなきゃなんねぇんだ」
その瞬間、この場に集まった悪感情が抽出……いや、凝縮されて一つの意思になった。
かつて星見 透がアダーラ杯で、観客全ての感情を自分とシンクロさせたように。
あの感情は未だ人類では言葉に表す事ができない、大いなる光のようなものであった。
これは違う。
古来よりヒトが持ちえたもの、破滅を引き起こしてきたもの。
【敵意】だ。
種付けおじさん達が立ち上がる。
誰も一言も喋っていないというのに、一糸乱れぬ隊列を組んでホテルを出て行く。
これが統一された意思による奇跡である。
そしてこの奇跡は伝播する。
イクトが前職の技能を生かした事で、多くの種付けおじさんがスマホを持っている。
遠く離れた仲間とも繋がり合えるようにと、ささやかな善意によって配られたそれは、最悪の装置へと変貌した。
奇跡が起きたクリスマスは、まだ始まったばかりである。




