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第二十七話:僅かなズレ

 翌朝、トーマが外で体を動かしているとヨシトがやってきた。


「トーマさん、朝食できたッスよー!」

「あぁ、分かった。すぐに行く」


 ヨシトが来る前までは適当な廃棄弁当などを食べていたが、今は温かい飯が食えるという事で全員がよく集まっている。


「うぉーい、先に食ってんぞー」


 大公園の丘の上、そこで煮えた鍋をつついているトーゴとイクトがいた。

 横にあった具材はもう半分無くなっており、鍋に山盛りとなっていた。


「ちょっ、何してんスか!? そんな一気に入れたら鍋の温度が下がっちまうッスよ!」

「あーっとっと……そうだ、テレビテレビっと……」


 ヨシトに菜箸を取られたトーゴが気まずそうにスマホでニュースを流す。


『昨日開催されたアダーラ杯にて優勝された新アイドル星見 透さんが、授賞式に参加しないという前代未聞の事態について、街でインタビューしてみました』

『もう紅白が待ちきれません!』

『歴史に残ります! 今からでも人間国宝に指定すべきです!』

『聞いた事のない人は人生損してます! 聞かずに生きるなら死んだ方がマシです!』

『―――このように、大勢の人が彼女の行動を問題視するどころかむしろ肯定的な意見ばかり。これにより事務所への取材連絡すら取れない程となっており―――』


 トーゴが何度かチャンネルを変えるも、アダーラ杯……いや、星見 透というアイドルについてしか話していなかった。


「はぁ~、ゴトーも凄い奴に最後の仕事をしたもんだわ。あの世で自慢してそうだ」

「トーゴさん、不謹慎ですよ」


 イクトから窘められてトーゴはヘイヘイといった感じで食事に戻る。

 しばらく全員が黙って鍋に集中していたが、ニュースの内容が切り替わり、それに意識を向けてしまった。


『―――以上、合計十一名の若者が種付けおじさんの被害に遭遇しました』

『いやー、ひどい事件です。五十下議員は種付けおじさんへの過剰な排斥が原因だと仰ってましたが、むしろ私はもっと積極的に警察が対応した方が良いと思うんですがね』

『犯行に関わった十一の種付けおじさんを警察が駆除いたしましたが、街にはまだ多くの種付けおじさんが見られます。ニュースをご覧の皆様は注意して―――』


 気まずい雰囲気を察したのか、トーゴが音声を切った。


「……僕ら種付けおじさんって、何なんですかね」

「種付けおじさんだよ。それ以上でも、それ以下でもない」


 落ち込むイクトに、トーマが答える。

 与えられた役割をこなすことで生きる事を見逃されているだけ。

 その方法でしか生きられる、それ以外の方法は存在しない。


 唯一の例外が元種付けおじさんであり、政治家となった五十下議員だ。

 しかし彼を目指すのは不可能だ。

 なにせ同じ事をやろうにも、それには何千人という人が死ぬレベルの大災害が必要になる。


 神でもない、そして人でもない種付けおじさんにとっては夢物語にすらならない。


「あー、そういえばオレ今日はちょっと事務所の方に行って来るッス」


 朝食を食べ終わり、後片付けをしている時にヨシトがそんな事を言った。


「お~? なんだ、なんかあったか?」

「いや、実はガキンチョ達に、もしも大会で優勝したら超でっけーホットケーキ作ってくれって約束してて」


 ヨシトは困ったように頭を掻くが、その表情はまんざらでもなさそうであった。

 トーマとトーゴもそれを見てやれやれといった仕草をとるが、イクトだけは違った。


「……行かなくていいんじゃないですか。もう関わるべきではないと思いますよ」


 この場でただ一人、ハッキリと拒絶の意思を示した。

 意外に思ったものの、ヨシトが遠慮しがちに反論する。


「いや、でも、約束したわけッスから、やっぱ守った方が―――」

「破った所で何かあるわけじゃないでしょう!? それよりも、下手に目をつけられたらアナタ……いえ、我々までゴトーさんようになるかもしれないんですよ!」


 イクトの強い口調に、思わずヨシトは後ろに下がる。

 流石に語気が強すぎたと感じたのか、気持ちを落ち着かせる為に地面へと座る。


「まぁ落ち着けよイクト、あんなこと早々ねぇって。ヨシトも気にすんな、行って来い。あ、でも問題は起こすんじゃねぇぞ?」

「う……ウッス。それじゃあ、お土産とかも、持ってくるんで」


 トーゴが仲裁するように間に入った事もあり、ヨシトは申し訳なさそうな顔をしながらも鍋を片付けて大公園を後にした。


「……これ以上の干渉したら、死ぬかもしれませんよ」

「それは今でも変わんねぇよ、俺達ぁ種付けおじさんだぜ?」


 あまりにもあっけらかんに言うトーゴを見て、イクトが怯えた目を向ける。

 それを察したトーマが安心させるように語り掛ける。


「イクトの言いたい事も分かる。だけどな、我々種付けおじさんには未来というものがない。だから、後悔しないように毎日を生きる事しかできないんだ」


 それは一種の諦観。

未来への希望を持たない代わりに、生きる活力を全て今傾けている種付けおじさんとしての生き方。

 種付けおじさんとして産まれたトーマにとっては当たり前の死生観である。


「……僕はまだ、死にたくありません」


 しかし、それは後天的な種付けおじさんであるイクトにとってはまだ理解のできないものである。


「おぉ、安心しろ。またどっかの馬鹿のせいで死ぬとしてもその出番は俺や兄弟が先だ。お前はその後だよ」


 そう言って笑い飛ばすトーゴを見て、イクトはひどく孤独を感じた。


 今までならばゴトーがいた。

 アレは種付けおじさんになった初日からエンジョイしていたが、それでも自分と同じ後天的な種付けおじさん。


 ヨシトのような後輩ではなく、トーマのような先達でもない。

 同期を失くしたイクトは、少しだけこの世界が生き難く感じてしまったのであった。

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