第二十一話:境界線を歩むもの
「―――それで、こんな場所にどうしたんスか?」
ビルを出たトーマとヨシトは、クッキーの包みを片手に近くの裏路地を歩いていた。
「実はここらに新しい種付けおじさん達がやってきたみたいだから、その挨拶だね」
トーマが笑顔でそう語るので、ヨシトは安心してその後についていく。
元々は種付けおじさんというものに偏見を感じていたヨシトだったが、少し前の種付けおじさんだけが集まる大宴会で色々な種付けおじさんに良くしてもらった事もあり、今では真っ直ぐに受け止められるよう成長していた。
だからこそ、トーマは新人の種付けおじさん達の所へヨシトを連れて来たのであった。
「なんだぁ、あんたら?」
路地裏の行き止まりには複数の種付けおじさん達がたむろっていた。
マスクをつけず、素顔のままである事からまだ何も知らない若い個体である事が分かる。
「やぁ、私はトーマで、こっちはヨシトくん。君達と同じ種付けおじさんだ。君達はまだ種付けおじさんになったばかりだろう? よければ種付けおじさんについて教えようと思うのだが」
トーマがにこやかに挨拶するも、返ってきたのは不機嫌な目線と荒々しい言葉であった。
「うっせぇな、うせろ!」
「……分かった、だがこれだけは言わせてくれ。外でマスクを外さない事、そして一般人に迷惑をかけない事。それじゃあ、これでも食べて元気を出してくれ」
そう言ってトーマはクッキーを包んだ紙を置き、その場を後にした。
だが新しい種付けおじさん達はそれを口にする事無く、苛立ちをぶつけるように壁に投げつけた。
事務所に戻る道中、トーマとヨシトの間には気まずい沈黙があった。
「すまないね、ヨシト。地域の種付けおじさんが居なくなった場合、ああして新しい種付けおじさんだけが配置され、そして問題を起こす事がある。だから皆で見てあげないといけないんだ」
「あ……いえ、気にしてないッス。というより、あいつらの気持ちも分からないわけじゃないんで……」
犯罪者は種付けおじさんにさせられる。
元の名前とその記憶、そして人権を奪われる。
罪はそこで清算されるが、罰はまだ終わらない。
種付けおじさんになった以上、死ぬまで種付けおじさんのまま生きていかねばならないのだが、それに納得できない者はそれなりにいる。
あらゆるものを奪われたというのに、どうして世界はまだ虐げるのかと。
罪はもう洗い流されたというのに、何故何の関係のない人間にまで迫害されねばならないのかと。
「なに、時間をおけばちゃんと理解してくれるさ」
トーマはヨシトの肩を優しく叩き、事務所へと戻っていった。
眩しいばかりの舞台と、暗闇の汚泥……トーマ達はその境界線を生きる数少ない種付けおじさん達。
運命の日は、刻一刻と近づいている。




