第二十話:忌数の"十"
アダーラ杯まで残り僅か、ゴトーは作りかけの衣装を利用して急ピッチで作業を進める。
日中は事務所の中で星見の歌う曲や振り付けを見て身体の稼動域をチェック。
夜は誰も邪魔が入らない変電室の中で少ない明かりの中、集中して作業を進めていく。
食事もヨシトが持っていくまで手をつけず、一心不乱に手作業だけで彼女達を輝かせる魔法のドレスを仕立てている。
ちなみにトーマが一度手伝えることはないかと扉を開けたことがあるが、邪魔だという理由で投げられた針が額に刺さったので、夜は静かに踊りの型に慣れる為に舞踊のような動きを練習している。
こういった事もあり、大公園に住まう種付けおじさん達のライフスタイルは大きく変化した。
ゴミの収集作業についてはゴトー以外が持ち回りで担当。
本業はトーマ、トーゴと見学としてヨシトという筈だったのだが、役所からの依頼がないので気にかける必要がない。
あとヨシトはゴトーの飯係という事で、昼と夜には必ず事務所に弁当を持っていく。
ただ、それだけだと全く足りないらしいので、現場でおかわりや簡単お菓子を作ったりしている。
ただし、事務所には他の者もいるわけで―――。
「ヨシトー! 今日のオカシなにー?」
「ポテトー! ポテトがいいー!」
「姉ちゃん、あんまり食べ過ぎるのも……」
といったように、まだ小学生である白井三姉妹にからまれる事が日常茶飯事である。
「悪いな、ジャガイモは昨日使いきっちまったんだ。クッキーで勘弁してくれ」
そう言って出来上がったばかりのクッキーを三人の口の中に押し込む。
「はふっ! はふっ! クッキーなのにあつい!」
「すごい柔らかい! もしゃもしゃ!」
「うわぁ、こんなの初めて!」
「出来たてはそういうもんッスよ」
顔を輝かせながらクッキーを頬張る三人を見て満足げな顔をしたヨシトは、小皿にクッキーを載せてオフィスへと持っていく。
「社長さん達もどうッスか?」
「いや、遠慮しておこう。私の分は他の子にまわしてくれ」
ヨシトが料理を作っていた最初の頃は疑心暗鬼だった空島社長も、数日も経てばそれに慣れてしまい、他の者が食べていても苦言を呈さなくなっていた。
事務員である高嶺は食べたそうな顔をしているものの、まだ種付けおじさんが怖いのかチラチラと見ている。
「あー……冷めたらいい感じにサクサクになるんで、よかったら後で食べてください」
高嶺の視線を察したヨシトは、別の小皿にクッキーを分けてソファ前にあるテーブルに置く。
そして残ったクッキーを三階のレッスン室に持っていき、白井三姉妹がその後に続いていく。
種付けおじさんがいなくなった事で高嶺は嬉しそうな顔をしてクッキーを頬張る。
あまり食べ過ぎてはいけないと分かりながらも、一つまた一つと食べてしまう。
ヨシト達が三階のレッスン室に入ると、鏡の前で振り付けの確認をしている星見と、それを後ろから眺めつつ、手元ではしっかりと衣装の作業を続けているゴトーの姿が見えた。
「ゴトーさん、差し入れ持ってきたッス」
「おう、そこに置いといてくれ」
ゴトーは一瞥もせず手を動かしたまま返事をする。
ヨシトはゴトーの隣にクッキーの載った小皿を置くと、こっそりと誰かの手が伸び―――ゴトーがその手をはたき落とした。
「お前は食うんじゃねぇ、スリーサイズ詐称娘。また衣装のサイズ合わせしなきゃなんねぇだろうがお」
「ふぇ~ん……だからこうやって運動してるのにぃ」
汗だくになりながら床を這っている夢が情けない声をあげる。
遺伝子調整のおかげで肥満という言葉は最早死語になりかけているものの、やはり体つきがふくよかな者はそれなりにいるものだ。
「ちびっ子共、お前らはどうだお?……よし、いいぞ。末っ子はもうちょい食っても罰は当たんねぇお」
ゴトーがヨシトの体に引っ付いていた子供達を軽くなでて体型をチェックする。
ゴトーからのお墨付きを貰い、三姉妹が小皿のクッキーをほおばり、夢がうらめしそうな顔をしてそれを眺める。
その時、丁度トーマが大きなダンボールを抱えて扉から入ってきた。
「ゴトー、頼まれてた伝言と配達が終わったぞ」
「おう、ご苦労さん。流石に今は他の作業にかまけてる時間がねぇお」
今までゴトーは趣味として様々な服を作り、それを露店で売っていた。
種付けおじさんの露店など普通は誰も近寄らないものだが、興味を持った誰かが一着買い、それを見た別の誰かがその服を探し、そうして幻の露店として知られるようになった。
おかげでゴトーは金銭だけではなく、対価として素材を受け取る事もあったので、自由気ままに趣味に没頭できていたというわけである。
そんなわけで、しばらく露店に顔を出せない為、トーマに露店を出している場所で列をなしている者達へ「しばらく顔を出せない」という事と「余った服を渡すから、何かいい物があったら渡してくれ」という伝言を頼んだのだ。
トーマがダンボール箱を置くと、ゴトーは作業の手を止めて中身を取り出していく。
「まぁいつもと同じ生地ばっか―――ってアラミド繊維!? こんなバラバラの生地でどうしろってんだお!」
言葉とは裏腹にゴトーが楽しそうにダンボール箱を漁っていく。
それを見た星見は、ダンスの振り付けを見せなくてもいいと判断して三姉妹と一緒にクッキーの皿を囲む。
「そういえば、トーマさんと仲の良いトー……トー……」
「トーゴの事か? あいつはここが苦手だって言ってたから、どっかで散歩してるんじゃないかな」
「すみません、どうにも皆さんの名前が似てるせいでちょっと覚え切れてなくて」
「まぁ仕方ないよ。種付けおじさんは必ず名前に忌数の"十"をつけないといけないんだし」
それを聞き、ゴトー以外の全員がポカンとした顔になる。
「あれ、気づいてなかった? 十間、十吾、後十、幾十、それに吉十で全員に"十"が付いてる。これは種付けおじさんである証でもあるから、普通の子供には絶対にこの忌数の"十"の名前は付けられない」
「あぁ、絶対につけちゃいけない名前っていうのは教えて貰いましたけど、そういう理由だったんですね」
そう言って女性陣と一人の男の子は感心したように小さく頷く。
それに気をよくしたのか、トーマは更に語る。
「あとは"十"のついてる位置にも意味がある。名前の最初についていれば先天的な種付けおじさんで、嘘がつけない。逆に名前の後ろについてる場合は後天的な種付けおじさんで、嘘がつけるタイプだから気をつけるといい」
また新たな知見を広げた事で、アイドルグループが小さく拍手する。
しかし、星見が少しばかり疑問そうな顔をして尋ねる。
「でも、後天的な種付けおじさんが嘘をついて名前の前に"十"をつけたら先天的かどうか分からなくなるんじゃ……」
「そういう時は"間"に気をつけるといい。先天的な種付けおじさんなら嘘をつけないからスグに名前を言える。だけど後天的な種付けおじさんは偽名になる。咄嗟に出てこないから、少し間が空くはずだ」
もしも何の淀みもなく嘘をつける種付けおじさんがいたならばどうしようもない見分け方だが、そんな個体をトーマは一度も見た事がない。
だから、一先ずはこの方法で大丈夫なのだと付け加える。
トーマによる種付けおじさん講座は好評なようで、白井姉妹の末っ子が手をあげて質問する。
「そもそも、なんで"十"が忌数なんですか?」
「最初の種付けおじさんの生年月日と死んだ日が十月十日、そして名前が"十"(つなし)だった事が理由らしい」
本来ならばツナシの苗字も気になる所だが、種付けおじさんには苗字がないという常識が広まっているせいで誰も気付かない。
奇しくもツナシ博士の想像通りに常識は変化した。
だがそれは予想とは別に、おぞましい方向へと変貌していったのであった。
「オラッ、休憩は終わりだお! いくら俺が完璧な衣装に仕上げてもおめぇらが失敗したら意味ねぇんだお。本番まで残り一週間、気張って練習しろお!」
ゴトーが気合を入れなおすように声をあげる。
そう、泣いても笑ってもアダーラ杯の決勝は来週なのだ。
それぞれが悔いの残らぬよう、立ち上がって練習に励む。
トーマとヨシトは眩しい未来へとひたむきに進む彼女達を心の中で応援し、部屋から出て行った。




