第二話:悪を辱めるもの
少女が種付けおじさんに襲われてから数十分後、警察は捜査の手を駅のビル街である五百メートル先まで広げていた。
「すみません、この辺りで全裸の種付けおじさんを見ませんでしたか?」
「えっと……種付けおじさんなら、あそこにいますけど」
警察が地道な聞き込みをしていると、道の端で呼び込みをしていた女性は恐る恐るといった感じで暗い路地を指差す。
そこには少女を襲った種付けおじさんが居た。
スーツを正しているものの、一目で種付けおじさんだと分かるマスク……ズタ袋をずらしてタバコを吸っていた。
それを見た警察官が険しい顔をして無線を入れる。
何を隠そう、この警察官は少女を保護した内の一人である。
つまり、あの場から逃走した種付けおじさんを目撃しているのである。
『……目標を見失ったことを報告します』
『了解。全員、通常勤務に戻るように』
そうして種付けおじさんを探していた警察官は全員戻っていった。
どうして種付けおじさんが捕まらなかったのか?
それは暗黙の了解によって、現場から一定以上の距離が離れているからだ。
そもそも警察は種付けおじさんを捕まえるようなことをしない、必要とあらば駆除する。
そう……法の外の存在、殺されても罪が及ばない存在。
種付けおじさんには、命を守る法の傘もなければ、人権すらないのである。
もしも明日、冷たい身体になっていたとしても、警察によって駆除されたとしても、新聞の三面記事にすらならずに忘れ去られる。
種付けおじさんは国に保護されているわけではない。
お目こぼしによって生きることを見逃されている、明日の命すら保障されていない哀れでちっぽけな存在なのだ。
警察が離れたことを確認し、種付けおじさんである”十間”(とうま)はタバコの火を手で握り潰してからスーツのポケットに入れる。
サラリーマンならばここで一杯と言いたいところであるが、種付けおじさんは居酒屋に入ることはできない。
当たり前だ、人々を襲う人権のない生物が利用していいわけがない。
唯一の例外があるとすればコンビニである。
十間は店内に客が居なくなったのを見計らって、コンビニの中に入る。
そしていつも飲む度数の高い酒瓶を手にし、レジで一万円札を出す。
ズタ袋を被った十間を見て店員は軽く舌打ちし、十間はお釣りを受け取らないままコンビニを出た。
そう、コンビニにとっても種付けおじさんは客ではない。
あくまで金を置いていくことで見逃してもらっているだけに過ぎないのだ。
「ふぅ~……あの子、ちゃんと更生できるかなぁ」
公園のベンチで十間は酒瓶にそのまま口を付けて飲む。
人を襲う自分への嫌悪感を紛らわす為に、グイグイと中身を流し込んでいく。
度数が強いこともあり、すぐに舟を漕ぐように身体が揺れだした。
その様子を、一人の女性が見ていた。
女性は十間が動かなくなったことを確認してから近づき、ポケットの中をまさぐる。
右ポケットに入っていた使いかけのタバコを捨て、左ポケットに入っていた財布を抜き取った。
「そこまでだ、お嬢ちゃん」
「キャッ!」
そのまま逃げようとする女性の手首を十間が掴んだ。
常人ならばとっくに酔い潰れるであろうアルコール量であっても、遺伝子改造されている種付けおじさんであればすぐに醒めるのだ。
「今なら初犯ってことで勘弁してやる、財布を放してさっさと帰るんだな」
種付けおじさんに人権がないことを良い事に、こうやって金銭を強奪しようとする者は珍しくない。
なにせ何をやったところで罪を問われないのだ、やろうと考える者は少なくない。
「なっ、なによ種付けおじさんのくせに! 立場をわきまえなさいよ! 警察を呼ぶわよ!?」
反省の色どころか開きなおる女性の態度を見て、十間は溜息をつく。
彼女の言動は何も間違っていない。
もしもこの現場を警察に見られれば、警察は間違いなく彼女を味方する。
それが人権のある人間と、種付けおじさんの違いだ。
だが、彼女はもっとよく考えるべきであった。
自分と同じようなことを考える者がいるというのに、どうして実際に行動する者が少ないのかと。
「面白い。呼べるものなら呼んでみろ」
十間は人差し指を女性の喉に押し付ける。
女性は何かを喋ろうとするが、言葉がまったく出てこなかった。
「いいことを教えてやる。私達種付けおじさんは確かにお目こぼしによって生かされている。だが、悪い奴を懲らしめることについても、何をしてもいいというお目こぼしもあるんだ」
女性が怯えた表情を浮かべて一歩下がるが、逃がさないかのように十間も一歩詰める。
「道徳の授業で見たはずだ。我々、種付けおじさんが悪い奴に何をするのかを。あまりにも刺激が強すぎるせいで、トラウマになった生徒が続出。昔はそれで大顰蹙を買ったやつだ」
「う……そ……フェイ…ク……えい…ぞ……」
女性がなんとか声を絞り出す。
しかし助けを呼べるような声量には程遠かった。
子供が悪い子にならないよう、親が言いつける種付けおじさんの話。
小学生にもなればそれを信じない子供も出てくる。
だからこそ実際に種付けおじさんがどういったものか、そして襲われればどうなるのかというものを映像として見せるのだ。
「いいや、あの映像の全てが真実だ。お前のような悪人をああやって裁く為に、法の外に生きているのが種付けおじさんなんだよ」
女であればその身体を肉欲のままに貪られ、種付けおじさんの子供を孕み、出産することになる。
この社会において、出産前に遺伝子治療が行われるおかげで基本的に美男美女が多い。
しかし、種付けおじさんの子供だけは例外として必ず醜い姿として誕生させられ、その子供は種付けおじさんとなる。
つまり周囲の人々から、醜い種付けおじさんを産んだ女としてのレッテルが貼られるのだ。
ならば男ならば大丈夫かといえば逆である、もっとヒドイ。
男は種付けおじさんが満足するまで情動のはけ口にされる。
何時間も、場合によっては何日も。
解放される頃には、正気など欠片も残っていない。
そんな映像を見せられ、育ったおかげで、日本は世界で一番治安の良い国となったのだ。
「一生で一度の、二度と忘れられない体験にさせてやる。覚悟しろ」
そう言い放ち、十間は女性を人差し指で強く押した。
バランスを崩した女性はそのまま後ろの茂みに倒れ込みそうになり―――茂みの中から出てきた無数の種付けおじさん達の手に捕まった。
「んんんん!?!」
女性は一瞬だけもだえるも、そのまま茂みの奥……暗闇の中へと連れ去られてしまった。
闇夜の奥からは獣のような声が聞こえてくるが、遠くにある大型モニターから流れる宣伝文句にかき消される。
『多くの子供を作りましょう。優秀な子供こそが、我々に明るい未来を形作ってくれるのです!』
十間は酒と地面に捨てられたタバコを拾い、公園を後にする。
種付けおじさんであっても、悪人の女性相手ならば子供を産ませることもできる。
だが、産ませたところでどうなる?
子供は種付けおじさんとして生きることしか許されず、そもそもその子供と会うこともできない。
何も託せず、何も成せない行為に一体何の価値があるというのか。
「……ガキを作りたいって言ってる奴らの気がしれないな」
十間はそう独り言ちる。
これが、現代に生きる種付けおじさんなのだ。




