第十七話:最初の罪
一九■■年、一人の天才が人体の設計図を書き換えることに成功した。
人の進化とはここからなのだと、多くの科学者が未知の未来に歓喜した。
そうして神の御業の一端を手にした人類は先ず自らの外見を取り繕う事にした。
黄金比にて律せられた体型、調えられた面貌、人は更なる美を追求しようとしていた。
だが、この遺伝子の改変者たる天才はまだ満足していなかった。
人はまだ病魔や肉体の脆弱さを克服できていない、人の進化はまだ終わっていないと奮起した。
そうして数々の動物実験を経て、遺伝子の改変者は臨床試験へ挑むところであったが、そこで政府からのストップが掛かってしまった。
遺伝子を改変する技術が広まった事で、その技術を更に発展させようと、そして後追いによって利益を得ようとした者達が群がり、人手が不足していたのだ。
そして、遺伝子の臨床試験には多くの時間が必要となる。
実施した処置がどういった問題を引き起こすのか、長期的な弊害は発生しないのかどうか。
それこそ数年、場合によっては十年以上の経過観察が必要とされている。
だからこそ遺伝子の改変者は焦っていた。
確かにこの天才は歴史に残る足跡を残した。
だが、この遺伝子の改変者にとってはまだ道半ばなのだ。
目指す到達点は未だ遥かに遠く、足踏みをする余裕など残されていなかった。
天才は自らに残された命の短さに焦りを覚えた。
だから後進に教育を施した。
だがどれだけ優秀な者であろうとも、天才と同じ視点まで辿り着けなかった。
だから自らの脳にある、あらゆる知識を記した。
しかしそれを理解できる者はどこにもいなかった。
天才は天才であるが故に孤独である事を、ここでようやく思い知ったのであった。
それでも天才は諦め切れない。
自分の力が及ばないのであれば納得できただろう。
しかし、ただ時間を浪費してその結果を見られないというのは我慢ならなかった。
だから、天才は自分の体を使った。
実験は成功した。
肥大化した筋肉、病気に対する強力な免疫力、他にも様々な恩恵を手に入れた。
代わりに、あまりにも醜悪な肉体となってしまった。
均等とは程遠い肉体、歪んだ顔、なまじ人だった頃の面影があるせいで、湧き上がる生理的嫌悪感によって嘔吐する者もいたほどだ。
政府はこの実験を秘匿した。
天才はこれを成功と称したが、上の人間からすれば化物になったかのようにしか見えなかったからだ。
天才は考えた、どうすれば己の研究を認められるのかを。
そうして天才は善行に目をつけた。
顔をマスクで隠し、地域のゴミを全て拾った。
誰もが天才を畏れたが、気にしないようにした。
天才はある暴力団の構成員を全員その肉体のみで捕らえてみせた。
周囲の人だけではなく、政府もその力を畏れた。
だから天才はその畏れを失くす為の方法を記し、さらに実践してみせた。
感情の抑制、虚偽の封印、自らの危険性を限りなく低下させた。
ここまでして、ようやく政府は天才の話を聞いた。
しかし幾度もの無茶により、天才の命は尽きようとしていた。
死を前にして、天才は政府に自身の研究こそが人の進化の先だと説いた。
確かに醜いかもしれない、だがかつて肥満が美の象徴であった時代があったように、価値観は変えられる。
だからどうか、今の価値観を変えて人を次のステージに進めてほしいと願い、息を引き取った。
政府は彼の研究を引き継ぎ、それを徹底的に利用した。
天才が死んだ事で一部の技術が抜け落ちてしまったが、それを差し引いても誕生させたソレはあまりにも都合の良いものであった。
政府にとって不要であった暴力団などの集まりは全て駆逐させられた。
多くのソレは死んだが、人権が与えられていないので問題ない。
同情する市民もいたが、ソレの顔を見れば全員が撤回した。
どれほど生物的に優れていようとも、どれだけ危害を加えないようセーフティーをかけられても、醜いという事実は人をより残酷にさせた。
これこそが最初の罪。
種付けおじさんの誕生である。




