第十三話:おんなというもの
ホテルを出たトーマは急ぎメッセージに書かれていた場所へ向かう。
以前は人を二人も抱えていたが今はそういったハンデがない為、本気のパルクールで街を駆ける。
両手を使ってベランダに掴まり、そのまま腕に力を込めて思い切り自分の体を持ち上げることで、即座に一つ上の階層まで移動できる。
さらに速度が乗っている状態ならば数歩までならその巨体のまま壁をも走る。
更にビルの三階くらいからならば受身を取らずに着地しても、そのまま落下の反動を利用してフェンスどころかその先にある車の先まで飛び越えて行く。
若い個体では体の操縦に慣れておらず、老いていれば体がついて来れない動き。
これこそが全盛期を迎えた種付けおじさんの動きなのだ。
走るトーマの頭の中には様々な懸念が渦巻いていた。
どうして自分と彼女の繋がりを知っていたのか。
もしや共にコーヒーを飲んでいた所を目撃されたのだろうか?
どうして「頼み」という文字と彼女の画像だけを送ってきたのか。
何か目的があってのことなのか?
そして、どうして自分の連絡を知っていたのか。
自分の連絡先を知っている数は限られている。
一体誰が―――。
そう思いながら目的地のビルの裏口に着地すると、見知った顔があった。
「あ……こんにちは。まさかこんなに早く来るなんて」
そこには、誰かに捕まっていると思っていた星見 透がいた。
「……誰かに捕まってたんじゃ」
「え? いえ、そういう事はないですけど」
トーマの頭は更に混乱してきたので、一つずつ順番に疑問を解消する事にした。
「キミが眠らされて捕まってる画像が送られてきたんだけど……」
「すみません、あの画像は事務所の後輩の子が撮ったやつです。自撮りは苦手だったんで」
「じゃあ、あのメッセージを送ったのは」
「私です。前に上着を預かってた時に、こっそり番号を登録させてもらいました。すみません」
トーマがここに来るまでに想像していた悪い予想は全て外れ、徒労感がドッと押し寄せてきたせいで大きく安堵の息を吐いた。
「はぁ~……まぁ無事で良かったけど。それで、何の為にあんな短いメッセージを……」
「えっと、最初に間違えて単語だけ送ってしまいましたけど、その後にちゃんと用件を書いたはずなのですが」
そう言われてトーマは上着の内ポケットに入れていたスマホを取り出して見る。
スリープモードにしていなかった為、メッセージ欄が開かれたままであり、そこには「頼み」の後に続いて「事があるんですが、良ければ来てもらえませんか。御礼もします」と書かれてあった。
そしてメッセージ欄が開いたままであったせいで、既読もついている状態である。
トーマは自分の性急さが恥ずかしくなり、地面に座り込んでしまった。
「……すまない、全部読んでいなかった」
素直に謝りながら小さくなるトーマを見て、星見は小さく笑った。
「クスッ、気にしないでください。私も変なメッセージを送っちゃいましたし、お互い様という事で」
そう言って立ち上がらせようと手を差し伸ばすが、トーマはその手を取らずにスクッと立ち上がる。
「それで、何があったのかな? もしかして、前の男が付き纏っているとか」
「そういうわけじゃないんですけど、ウチの事務所って大人の男の人が安鳥プロデューサーしかいないんです。だけど今入院していて……力仕事もそうですけど、もしまた前と同じようなことになったらって思うと怖くて……」
星見は不安げな顔をして説明する。
もしもトーマが一般人であれば諸手を挙げて手伝ったことだろう。
年下の若くて可愛い子がが自分を頼りにしてくれるのだ、多少の下心はあるかもしれないが、男は見栄を張りたい生き物である。
しかし、トーマは種付けおじさんだ。
前の撮影現場から察せられるように、彼女はとてもではないが自分と生きているステージが違う。
これ以上関わるのはお互いに不幸になる可能性の方が大きい。
説得を試みようと思ったが、また前回と同じような手を使われればどうしようもない。
「えっと……すまないが、おじさんじゃ力になれそうも―――」
そう言って踵を返したのだが、後ろから引っ張られる感覚がある。
トーマは気づかないフリをして更に歩く。
引っ張られる感覚はなくならない。
振り向いたら負けると頭では分かっている。
だがこのままというわけにもいかず、トーマは根負けして後ろを見る。
寂しそうな顔をして見上げる彼女の顔があった。
相手は何も言ってこないが、それでも勝敗は決した。
「……参った。何をしたらいいのかな」
「ありがとうございます。取り敢えず事務所で切れている備品を少々お願いします」
トーマは古い記憶で女は卑怯であると聞いたことがあることを思い出した。
なるほど、これは確かに勝てない、卑怯だなと、一瞬で晴れ渡った彼女の笑顔を見て思った。




