第十二話:同類盛宴
五十下、トーマよりも更に前の世代の種付けおじさんだったもの。
元は十下という名前であった。
彼は都市部にいる特別でも何でもない種付けおじさんであった。
そんな彼に……いや、都市部に住まう者全てに大いなる試練が課せられた。
震度七の直下型大地震。
範囲そのものは狭かったものの、地震への備えがあった日本でさえ大勢の死者が発生した大災害。
種付けおじさんはその頑丈な肉体と人権なき暮らしによって培われた経験でほとんど被害はなかったが、一般人は違う。
瓦礫に潰される人々、破壊されたインフラ、緊急時による物資の奪い合い……。
更に運悪く、この運命の日に各国の代表が日本に来日していた。
下手をすれば日本だけではなく他の国にまで波及する厄災であった。
そんな状況において、トウゲの行動は誰よりも迅速であった。
建物の下敷きになった一般市民を千人以上救出。
食料や飲み水の確保が難しかった避難所へ、不足していた物資を自分の脚だけで配達。
物資の奪い合いを行う市民も、東西奔走している種付けおじさんを恐れて騒動も沈下。
彼は一週間不眠不休で救助活動を続け、何万人もの人を救った。
これに対して各国の代表は日本にトウゲに対して何か報いることを強く要請。
日本政府はトウゲの働きを認め、種付けおじさんから一般人になることを許可。
極力一般人と同じになるよう遺伝子調整を施し、人権を与えた。
その際、改名も一緒にしてしまおうと提案されるが彼は断った。
種付けおじさんであれば必ず付けられる忌数「十」という数字、これを捨てれば種付けおじさんとして人々を救ったことも捨ててしまう事になると。
そうして彼は五つの国の代表者を救った事を誇りとしたいとして「五」の数字を賜り、五十下と名前を改めたのであった。
その後、五十下のネームバリューを利用する為に様々な人物が彼を囲い込む為に動いた。
その全てを利用して彼は政治家へと上り詰めたのであった。
どうして政治家になったのかインタビューされた際、彼はこう答えた。
「種付けおじさんをやっていたから断言できる、あれはあまりにも過酷な罰であると。だからといって種付けおじさんの解放を望んでいるわけではない。ただ……ほんの……もう少しだけ、彼らが認められ暮らしやすくなるようになればいいと思っている」
かつて女性は不当な扱いを受けているという事を焦点に政治家は票を集めたことがある。
五十下はそれを種付けおじさんでやろうとしていた。
だが種付けおじさんには投票権どころか人権すらない。
だからそれは何の意味もない宣言だが、それでも五十下はその言葉を実行している。
それがこの種付けおじさんのパーティー。
作り置きだが沢山の料理、お酒、そして娯楽を提供して種付けおじさん達の息抜きをさせているのだ。
そんな生きた伝説とも言える五十下が壇上に上り、スピーチを始める。
「えー、今年も残り僅かとなってまいりました。外が寒くなったにも拘わらず、これだけ多くの種付けおじさんが集まってくれたことに感謝の念を隠せません」
そう言って五十下が頭を下げると、周囲から拍手が上がる。
先ほどまで何もしていなかったヨシトもそれに釣られて拍手をする。
しばらくして拍手が止んだのを見計らい、五十下は頭を上げて笑顔を見せる。
「あまり長々と話して皆さんをお待たせするのも申し訳ない。それでは皆さん、今日ここで日々の辛いことは忘れるくらいに楽しんでくださいませ」
五十下がそう言って大きな手を叩く。
それが合図となり、会場内の種付けおじさん達は歓声をあげてマスクを外す。
ここならばマスクを外しても誰も迷惑しない。
マスクという拘束具を脱ぎ捨てた種付けおじさん達は、晴れ晴れとした顔で料理やお酒を好きなように飲み喰らう。
ヨシトは突然始まった宴会に戸惑っていると、遠くから先ほどまで壇上でスピーチをしていた五十下がやってきた。
道を開ける為に横にずれたのだが、五十下はそのまま通り過ぎたりせず、ヨシトの前に立った。
「やぁ、キミが新人のヨシトくんだね! 私がここの主催、五十下だ。よろしく!」
そう言って五十下はヨシトの手を取り、大きな手で包み込むように強く握手する。
テレビにも出ていた伝説の人物が突然やって来た事で上手く口が回らないものの、何とか返答しようとした。
「あ、あ、あの……オレの事、知ってるンスか?」
「勿論だとも! キミだけではなく、ここにいる種付けおじさんの事も全員知っているとも」
彼は会場にいる何百人もの種付けおじさんの事を全て知っていると言い切った。
人権を持ち、大勢の命を救った英雄が、虐げられ蔑まされる種付けおじさんの事を。
その英雄がヨシトのマスクを持ち上げ、ほとんどの一般人が目を逸らしてしまうその素顔を真っ直ぐに見据える。
「キミは兄と比べられ続ける事に耐えられず、罪を犯したんだったね。大変だったろう……そしてこれからも種付けおじさんとして苦労する事だろう。私もこうやって皆を支援する、今日は悪い事を忘れて存分に楽しんでいってほしい」
「は……はい!」
五十下からの励ましを受け、ヨシトは感動で震えながら力強く頷いた。
それに満足したのか、五十下は満足そうな顔をしてまた別の種付けおじさんの所へ向かった。
「おう、名前覚えられたな。どんな感想よ?」
五十下の背を見送るヨシトの後ろから、マスクを半分だけずらして料理をつまんでいるトーゴが声をかける。
「なんか……なんて言っていいのか分かんないッスけど、とにかくなんか凄かったッス!」
まるで戦隊ショーの後で、憧れのヒーローと握手してもらったように顔を輝かせるヨシトが眩しく映ったのか、トーゴは少しばかり目を細める。
「ま、お前さんが喜んでるなら連れてきた甲斐もあったってもんだ。今のうちに楽しんどけよ」
トーゴがそう言うと同時に、大きな体をした種付けおじさん達がヨシトとトーゴを囲む。
大公園にいる四人ならば心を許しているが、他の知らない種付けおじさんまでは信用できていないせいで、ヨシトは体を強張らせる。
「ヨッス、新人。聞いたぞ、料理が得意なんだって?」
「やっぱいつも廃棄弁当とか生野菜ばっかだけじゃ物足りなくてなぁ。ちょっとこっちにも作ってくんねぇか?」
「え……えっ?」
あれよあれよという間に、ヨシトの周囲には初孫を見に来た爺様のようにベテランの種付けおじさん達が寄って来た。
「まだまだ種付けおじさんの作法も知らんだろう。教えてやろうか?」
「ガハハハ! 種付けおじさんに作法とは、お前さんマナー講師にでもなるつもりか!」
ヨシトを囲む種付けおじさん達は陽気に話すことに安堵したのか、ヨシトもその輪に加わった。
トーゴはそれを見て大丈夫だと判断し自分も種付けおじさんの群れの中に入っていった。
「よぉ大将、最近どうだ?」
「ああ~? いやぁ、やっぱキツイねぇ」
そうして他の種付けおじさんの愚痴や不満を聞く。
そうするとまた周りから別の種付けおじさんがやってきて、不平不満を共有していく。
トーゴはそれにときに相槌を打ち、ときに肯定して話を聞いていく。
その間、ゴトーは会場の隅で酒を飲みながら荷物……大量の衣服を他の種付けおじさん達に売りつけており、その隣でイクトはスマホなどの電子機器の使い方の説明をしている。
そしてトーマは古馴染みの種付おじさん達への挨拶回りをしていた。
先天的種付おじさんであるトーマは多くの先達がいたからこそ、今まで生きてこられたと思っている。
だからこそ、付き合いの長い種付おじさんとの時間を大事にしているのだ。
何十年も前から、自分よりも長く種付おじさんをしているのだ。
だから、恐らくきっと……話し合える時間も……。
「そっちはいいなぁ。ゴトーの奴にイクトのおかげで随分暮らしやすくなって、しかも新人が料理できるんだって?」
「ハハハ、皆さんに申し訳ないくらいに恵まれてます」
それを聞いた古株達は一斉に笑い出す。
「ヒヒヒヒヒッ! 種付おじさんとして産まれておいて、恵まれてるたぁ面白ぇ冗談だ」
古株達はこう言うが、実際にトーマ達は恵まれていた。
先ず大公園のグループの中で一番の年上がトーゴかトーマで、まだまだ現役である事だ。
もしも足を引っ張る高齢の種付おじさんがいたならば、もっと暮らしは大変だったろう。
更に様々な知識を持つ後天的種付おじさんを迎えることで、グループの新陳代謝も活発である。
他のグループが抱えている多くの問題を考えれば十分に恵まれている。
だからこそ、こういった場でゴトーやイクトが自らが培ってきた技術を提供し、トーゴやトーマが下手に出て時には協力する事で敵を作らないようにしているのだ。
とはいえ、古株達にとってはトーマやトーゴはかわいい弟分のようなものだ。
敵対するような事は起こらないだろう。
そうして歓談している所に、トーマのスマホから通知を知らせる振動があった。
「すみません、ちょっと出てきます」
古株達の輪から出て行きスマホの画面を見てみると、知らない番号からの短いメッセージと一枚の画像が届いていた。
メッセージの内容は何処かの住所と「頼み」とだけ書かれており、画像には何処かの事務所のソファで倒れている女の子が……つい先日、自分の生涯の夢を叶えてくれた星見 透の姿であった。




