第十一話:蜘蛛糸を昇りきったもの
吐息が白くなるのも日常となった朝、トーマの健やかな気分で起床した。
それもそうだ、生涯叶うはずのない、ただ抱えて行くだけの夢が叶ったのだから。
「おはようッス! 朝飯はまだなんでもうちょっと待っててください」
ヨシトの様子を見に行くとガチャガチャと調理器具の準備をしており、トーマは不思議そうに首をかしげた。
「今日は朝食作らなくていいんじゃないか?」
「え? 今日はって……何かあるンスか?」
そこでようやくトーマが定期的に開催される種付けおじさん専用のイベントについて伝えていなかった事を思い出した。
「ああ、むしろ今日は腹を空かせておいたほうがいいぞ」
「そうそう、今日は種付けおじさんのパーティーだからな!」
ゴトーが大きなバッグを持ってやって来た。
それに続いてイクトはトランクケースを、トーゴは……いつものように手ぶらであった。
「種付けおじさんのパーティーって何なンスか……?」
「まぁまぁ、それは行って見てのお楽しみということにしよう。さぁ出発しよう、今日はちょっと歩くぞ」
そう行って大公園から出て行く四人の背を見て、ヨシトも慌てて後を追った。
朝早くということで道には人がほとんどいないおかげでいつもは使えない道を堂々と歩ける。
時折裏道を通りながら、ヨシトは種付けおじさんのパーティーがどういったものかを想像してみる。
種付けおじさんのパーティーということは、女性を獲物に見立てたイベントである可能性がある。
それと腹を空かせておいた方がいいというのであれば、やはり食べ物と飲み物は用意されているのだろう。
他に判断できる要素といえば、ゴトーとイクトが持っている大きな荷物だ。
「すみません。二人の持ってる荷物って何なんッスか?」
「おっ? 俺もイクトも仕事道具だお。色々と人気があっからなぁ」
もしかしたら麻薬やそういった犯罪行為の片棒を担ぐ物かもしれないと心配していたが、そういう事はなさそうでヨシトは安堵する。
そうなると、種付けおじさんのパーティーというのはただの大宴会なのだと予想する。
自分達が住んでいる大公園よりも大きな敷地に沢山の種付けおじさん達が集まり、酒や料理、スマホのアプリを使ってカラオケや娯楽を楽しむもの。
もしも自分が一般人であれば怖くて近寄ることはできないだろうが、種付けおじさんになった今ならば何の気兼ねもなく楽しめるだろうと思っていた。
「よーし、到着したぞ」
だがヨシトの予想は大きく裏切られる。
サラリーマン街の中に聳え立つ高級ホテル、そこにトーマ達が入っていこうとしたので慌てて止めようとする。
「ちょっ、あの! そこ入ったら駄目ッスよ!」
なにせヨシトがまだ種付けおじさんになる前でも入ることができないような場所だ。
種付けおじさんが入ろうとすれば即座に警察に連絡がいくことだろう。
「ちゃんと種付けおじさんってのを弁えてんな、いいぞ新人。だけど今日だけは俺達はここに入ってもいいんだよ、なぁ?」
トーゴはヨシトの肩に腕をのせて、ホテルの入口に立っている従業員に語りかけるが、彼らは警察に通報するどころかこちらの事を見ないようにしている。
「ほら、兄弟も先に入っちまった。俺らもさっさと入るぞ」
トーゴに背中を押されてヨシトもおずおずと高級ホテルの中に入る。
そこにはテレビの中にしか存在しない、撮影のセットかと思うような豪華な装飾が散りばめられたホールが広がっていた。
中には何人ものホテル従業員がいるが、誰も種付けおじさんである五人と視線を合わせようとしなかった。
一体全体どうことなのか分からないまま、トーゴに背中を押されるがままに歩いていくと、披露宴を行う大きな部屋に辿り着いてしまった。
中には既に何十もの体格が大きかったり肥満体であったり……それでいて、全員が多種多様のマスクをつけていた。
「もしかして、これ全員が種付けおじさんッスか!?」
「正解だ。だから言っただろ、種付けおじさんのパーティーだってな」
ヨシトはあまりの数の種付けおじさんの数に驚いた。
だが、それ以上に社会的な地位どころか人権すら持ち得ない種付けおじさんが、どうしてこんな場所に集まれるのかが分からず、頭が混乱してしまっていた。
そんなヨシトの疑問を掻き消さんばかりの拍手が周囲から響き渡る。
これから何が起こるか分からず右往左往としているヨシトの反応を楽しむかのように、トーゴも拍手しながらこの大宴会場の壇上を見る。
そこにはトーマよりも更に前の世代くらいに大きな身体である老けた男性が登っていった。
「おら、新人。あの人ならお前も見たことあんだろ」
「え……あ、あれって!」
叩き潰すかのように衝撃の展開ばかりが襲ってきたが、その人物はヨシトに対する最大の威力を秘めていた。
「そう、お前さんもテレビで見た事あるはずだ。史上初、種付けおじさんから脱却して人権を取り戻し、政治家にまで上り詰めた英雄であり化物……五十下先生だよ」




