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鬼才

 朝のホームルームは迷宮と化した教室ではなく廊下で行われた。

 各自に割り当てられた仕事の確認をしたのちに、円陣まで組むという気合の入りようだったのだが、その中心にはゾンビのラバーマスクを()()()()()俺がいたのだから、もう自分でもなにがなんだかよくわからない。

「頑張って準備した以上は成功させよう!」

 マスクの中からくぐもった声を張り上げると、周囲から「おー!」と勝鬨(かちどき)の声が上がる。

 ()くして高校生活二度目の文化祭が幕を開けた。


「あ、五月はそれ被ったままでいいよ。で、はい。コレ持って」

 ゾンビの頭に制服という異様で集客用のプラカードを持たされた俺は、南海にアテンドされて校舎の中を練り歩くという地味な仕事が与えられた。

「すいませ~ん! ゾンビが通るので道を開けてくださ~い!」

 俺がゾンビなら彼女はネクロマンサーか何かなのだろう。

 やけに楽しげな南海に誘導されつつ、フラフラとそれっぽい動きで廊下を練り歩く。

 そのやっつけな感じが逆によかったのか、行く先々でそれなりにウケたようで、宣伝効果はまずまず期待できそうだった。


 校舎内を一周して教室に戻ってくると、我がクラスのお化け屋敷は想像以上の盛況振りであった。

 入口では舞が受付を担当しており、客に懐中電灯を手渡しながらニコニコとほほ笑みを浮かべている。

 その口元には真っ赤なリップか何かで一筋の吐血が表現されていたが、やはり首から下は制服姿というちぐはぐ加減だった。

「これだけ人が来てくれるんだったら衣装も用意すればよかったね」

 人波が途切れたのを見計らって声を掛けると、彼女は顔の前で小さく手を横に振って答えた。

「この中途半端なのが『如何にも文化祭』でいいのよ」

 それも一理ある。


 そのあと俺と舞は役割を交代し、彼女は意気揚々とゾンビのマスクを被ると南海(ネクロマンサー)を引き連れて廊下をスタスタと歩いていった。

 その堂々とした姿たるや、ゾンビというよりはランウェイを歩くモデルのように見えた。

 しかしそのギャップすらも彼女の狙いだったようで、十数分後には後ろに大勢の客を引き連れると、ホームである墓場へと戻ってきたのだから恐れ入る。

 こうなるのが嫌で映画館を推していたことなどは既に忘却の彼方に置き去っていた俺は、額に汗を浮かべながらひたすら客を捌いた。

 そうこうしていると、教室の入口からロウソクを頭に括り付けた聖がひょっこりと現れる。

「聖お前それ、めっちゃ似合ってるな」

「それはどうも! ってか五月わるいんだけどちょっとトイレ! 脅かし役代わってくれ!」

 彼はそう言うやいなや、ロウソクと鉢巻を放り投げて廊下の奥へと走っていってしまう。


 近くにいたクラスの女子生徒に受付を引き継ぎ、聖の受け持っていた墓場の井戸の中に身を潜めると、すぐに人の気配が近づいてくる。

 顔面の筋肉が許す限りに苦悶の表情を作りつつ、井戸の中からスロースクワットで上半身を顕にする。

 直後には懐中電灯で顔を照らされるも、期待していた悲鳴も笑いも起きないことに少し動揺した。

「イツキ、ぜんっぜんダメ」

 おもむろに懐中電灯の明かりが足元に落とされると、果たしてそこにいたのは口から血を流した舞だった。

 彼女はポケットから何かを取り出し、俺の顔にそれを押し付けグルグルと塗りたくる。

「これでよし!」

 満足げにサムズアップをしてみせた彼女は、そのまま何も言わずに墓場の奥へと消えていった。

 すぐに人の気配がしたので再び井戸に身を潜め、タイミングを見計らってゆっくりと顔を出す。

「――っ! きゃああああぁあぁあっっ!」

 髪を振り乱して一目散に逃げて行く女子生徒の後ろ姿を見送りながら、いま俺の顔は一体どんなことになっているのだろうかと、とてつもなく不安な気分になる。

 井戸の中に立ったまま途方に暮れていると、通路の奥からニコニコの見知った顔がやってくるのが見えた。

 聖である。

「五月ありがとな~! いやぁ危なかったわ~!」

 片手を挙げ礼を言いながら俺の顔を見た聖は、その場でぺたんと尻もちをつき恐怖に顔を歪ませる。

「ぎゃああああああっ!」

 彼は断末魔のような悲鳴を上げながら、今来た通路を四つん這いになって戻っていってしまった。


 結局いくら待っても聖は戻ってこなかった。

 仕方なくその後も三十分ほど井戸の幽霊をやっていたのだが、来る客来る客同じ様な反応で、俺は舞のメイク力に並々ならぬ才能を感じ始めていた。

 もっともこのままでは、客足が遠のいてしまう懸念があった。

 一旦井戸は準備中にし、秘密のスタッフルームへ引き上げる。

 そこにいた数人のクラスメイトを恐怖の淵に落とした後、女子生徒の一人が震える手で貸してくれた鏡を見て、自分の顔のあまりの恐さに小さく悲鳴を上げた。


 スタッフルームの椅子にひとり腰掛け――他のクラスメイトは気持ち悪がってどこに行ってしまった――青息吐息でいると、目の前の段ボールが開き舞が入室してくる。

 そして俺の顔を見るや否や、「うっわこっわ。ちょっとイツキそれヤバいって」と引いた顔をして呟いたのだった。

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