スピーチ
彼女の退院から二月が経ち、十月も半ばになったその日。
あの事故によって命を落とした生徒や教師の追悼式典が、休日の体育館で執り行われた。
当事者たる三年の生徒の中には欠席する者も多く、かく言う俺も今朝は目が覚めた瞬間から、止めどなく湧き出る涙を堪えることに必死だった。
式典には本校の生徒と三年生の保護者、それに市や県などの関係機関からやってきたスーツ姿の大人たち、さらにはテレビ局と思しき報道関係者の姿までもがあった。
まずは校長が、被害に遭い帰らぬ人となった学友と教員の名前を読み上げ、続けてステージの前に設けられた祭壇に献花が行われる。
その間にも一人、また一人と体調の不調を訴えた生徒が、教師や保護者にアテンドされ体育館を去って行く。
そんなことは当たり前だった。
なぜならこの場にいる三年生は、ひとり残らずあの惨事で辛くも命を拾い上げた当事者であり、同じ日に多くの友人や恩師を失った被害者でもあるのだ。
そんな俺たちのことを、飯の種だとばかりに嬉々として撮影しているテレビ局の連中を、片っ端から殴り倒してやりたかった。
献花が終わると予定にはなかった休憩の時間が設けられた。
ほとんどの生徒がその場で静かにうなだれる中、俺はステージの袖に開いた通用口からその奥へと入る。
「舞」
ハンカチで必死に涙を拭う車椅子に座った彼女をステージの隅に見つけ声を掛ける。
「……イツキ」
「大丈夫そう?」
「……わかんない」
わかんない、とはまったく彼女らしくないように思えたが、実際のところそれでも言葉を選んだのだろう。
本音ではきっと無理とか駄目とか、とにかくそんな状態なのだとういうことは、その姿をひと目みた瞬間にわかった。
「だったら俺も一緒にいるから。それならどう?」
「……じゃあ、うん。がんばってみる」
そうこうしているうちに休憩時間が終わったようだった。
ステージの下ではスーツ姿の大人が代わる代わるに上っ面だけの哀悼の意とやらを述べ、それが終わると再びマイクの前に立った校長が舞の名前を口にする。
「都筑くん舞ちゃん、がんばってね」
本来ならば俺ではなく、舞の家族が一緒に登壇するはずだったのだが、三人はほとんど何の相談もせずに俺たち二人を送り出してくれた。
舞を乗せた車椅子を押しながらステージの中央まで進み、祭壇に一礼してから正面に向き直る。
体育館の脇に陣取った教師の何人かは、予定とは違う付き添いの姿を見て目を見開いていたが、止めに入ってくる様子は見られない。
「私は……私たちはあの日、多くの友達と恩師を失いました」
彼女が始めに口にしたのは、ただの紛れもない事実だった。
「それはあまりに一瞬の出来事で、正直に言えばほとんど思い出すことが出来ません。私が病院で目を覚ました時にはもう、全てが終わったことにされてしまっていました。本当はまだ、何も終わってなんていないのに」
二言目のこれもまた事実に他ならない。
あの日の出来事が此岸にいる俺たちと、彼岸へと旅立っていった友たちを隔てたように、ここにいる百数十名の当事者とそれ以外の人たちの間で、価値観を共有出来るはずなどないのだ。
それでもステージの下からは、多くの嗚咽やすすり泣きが聞こえてくる。
「私は去年の四月、この学校に転校してきました。だから中には一度も話したこともない同級生や、名前も知らない同級生もいたはずです。それでもやっぱりみんな大切な仲間で、その一人一人がかけがえのない命でした」
俺は南海や聖や同じクラス、同じ部活に所属していたもう二度と会えない仲間たちのことを思うことはあったが、それ以外の友人たちにまで気持ちを向けていなかったことに気付かされる。
「今こうして、生きてこの場にいる私たちが幸運だったということは事実なのかもしれません。でも、今この場にいられなかったみんなが不幸だったとは、私にはどうしても思うことができません」
その言葉は一見矛盾しているようで、その実まったくそんなことはなかった。
ただこればかりはもう、どんなに巧みに説明しようとしても、理解できない人には一生理解できないかもしれない。
「私には、私のことを愛してくれる家族がいます。私には、私のことを愛してくれる友人がいます。でもそれは私だけじゃなくて、今ここにいる、私たちだけじゃなくて――」
「……舞」
もともと台本などなかった彼女のスピーチはそこで中断され、式典自体もなし崩し的にそのまま閉幕となった。
「……ごめんね、イツキ。せっかく一緒にいてくれたのに最後まで頑張れなくって」
帰りの車の中で舞がそんなことを言う。
「全然ごめんじゃないよ。舞の言葉はあの場所にいた人にも、いられなかったみんなにも届いたはずだよ」
でなければ、知事や市長までが胸元のハンカチを使うわけなどなかったのだから。
「ね、イツキ」
「うん?」
「私ね、高校は卒業しようって決めたの。少し時間は掛かっちゃうと思うけど」
「うん。俺もこっちの大学を受けるつもりだから。そうしたら免許を取って舞の送り迎えも出来るし」
それは愛する人をこれ以上、暴走機関車に乗せたくないという思惑もあった。
「ほんとに? やった! って、それでね」
「ん?」
「うん、卒業したらね。私、すぐにイツキと」




