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死んでも君を死なせない  作者: 青空野光
終わりの、そのあとに
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おかえりなさい

直前にお読みいただいた第38話『きっと、いつの日にか』で本物語は完結しました。

ここからは上記エピソードより分岐した結末の異なるシナリオになります。

もしお付き合いいただけるのであれば、本文の中盤ほどにある◆ ◆ ◆ ◆ ◆からお読み進めください。

 心身ともに容態の安定が認めれた俺は、約二ヶ月ぶりに地元へと戻ることができた。

 そこでさらに半月の入院生活を余儀なくされ、ようやく退院してからは自宅と病院を往復しながらリハビリに励む日々を送った。

 瓦礫に長時間挟まれ続けていた右足は、もう完全には元に戻ることはないと聞いた。

 ただ、このまましばらくリハビリを続ければ、日常生活に支障が出ない程度には回復するだろうとのことだった。


 もっとも犠牲者が多かったうちのクラスでは、実にその人数を半分にまで減らしていた。

 当然そのままというわけにはいかず、二学期の終わりに学級の再編成が実施された。

 その結果、もともとは六組まであった我が二学年は、クラスを二つも減少さて再スタートを切ることになったのだが、その後もすべての席が埋まる日は、ただの一度も訪れなかった。

 その無数の空席の主たちは、あの日心や身体やその両方に一生消えない傷を負った者たちであり、転校していった生徒も一人や二人ではない。


 生き残った七人の教諭たちも、今やこの学校に一人も存在していない。

 そのうち六人は依願退職という形で学校を去っていった。

 残りの一人で、修学旅行の責任者だった原田教諭は、あの日から二週間のちに行われた被害生徒の保護者を対象とした説明会が終わった直後、校庭の隅にある体育倉庫で予め用意していたらしいロープを使い、自らの命を絶ったそうだ。

 果たして彼が自身に下したその決断は正しかったのか?

 それは俺にはわからないし、それ以前にどうでもよかった。

 原田先生も小池先生も聖も南海も、もうこの世界には存在していない。

 たったそれだけのことなのだから。


 退院直後から松葉杖を突きながら登校を始め、何とか留年せずに第三学年へと進級することが出来た。

 出席日数は全く足りていなかったはずなので、被害生徒に対する何らかの特例のようなものがあったのだろう。

 息子の身体と心を気に掛けた両親からは、休学や転校を幾度となく勧められたが、俺はそれを頑なに断り続けた。

 それどころか、三年でも再びクラス委員長の任を自ら買って出ると、去年にも増してその責務に精を出していた。

 そして今日もその一環として、放課後の教室で帳簿付けという地味な作業に追われている最中だ。

 それもこれもすべては、彼女という存在がいつでも俺の心を支え続けてくれるおかげだった。


「都筑君、ほんとにひとりで大丈夫? 何か手伝えない?」

 ベテラン経理の速度で電卓を叩く俺のことを気遣ってくれているのは、今年の春から一緒にクラス委員長をしている相方の細野(ほその)さんだ。

 彼女とは一年の頃からクラスは同じだったが、南海を介してたまに喋ることがあった程度で、ざっくりと言えばあまり親しい間柄ではなかった。

 俺の中では大人しい女子としてカテゴライズされていた彼女だが、職務上の理由で関わりを深めた途端に、南海と同類の大変な世話焼きだということが判明した。

 彼女も俺と同様に、あの日、学友たちの血や肉にまみれた瓦礫と泥の中から救出された『生き残り組』の一人だった。

 そして俺が足を悪くしたのと同じように、彼女も首筋にその痛々しい痕跡を残していた。

 いつの日だったか、今日のように放課後二人で経理の仕事をしていた時だった。

「私もほら、都筑君とおんなじ」

 彼女はそう言うと、自ら髪を掻き上げてそれを見せてくれたことがあった。

 そのあと振り返った彼女は、「でもさ、うちらは運が良かったんだよね」と言い、少しだけ悲しそうな顔をして笑った。

 その大人しそうな見た目とは裏腹にとても強く、その見た目の通りにとても優しい。

 俺の新しい仕事仲間であり、口には出さずとも互いの痛みを理解し合える相手。

 細野さんとはそんな女の子だった。 


「全然ひとりで平気だよ。帳簿付けるのは慣れっこだしね」

「じゃあさ? 都筑君のお仕事が終わるまで待ってたら……迷惑かな?」

「細野さん、今日は塾の日って言ってなかったっけ? 俺なら大丈夫だから」

「……わかった、ごめんなさい。次は私がやるから」

「うん、お願い。また明日ね」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 細野さんが教室から出て行ったのを見届けると、帳簿から目を上げて大きく伸びをする。

 開け放たれた窓からは五月の心地よい風が吹き込み、それに乗って聞こえてくる吹奏楽部の管楽器の音が眠気を誘うが、あくびを噛み殺しながら再び机に顔を向けて作業へと戻った。


 次に気がついた時、帳簿の最後の項目にはすでに数字が書き込まれていた。

 クラス委員長も三年目ともなれば、我ながらなかなかにして手慣れたものだった。

 机の上に所狭しと広げられたA4サイズの用紙をクリップで留めてから立ち上がると、スクールバッグを肩に掛けて教室をあとにする。

 

 下校時間はとうに過ぎ、それでいて運動部の終了時刻までにはまだ幾分かある今の時間の電車は空きに空いていた。

 以前であれば恋人と肩を並べたシートにひとりで腰掛け、以前であれば恋人とともに眺めた車窓の景色をひとりで見る。

 そうこうしているうちに、車内に終点駅への到着を知らせるアナウンスが流れ、たった数人だけだった同乗者たちの一番うしろに続く。

 一旦駅舎の外に出てからバスに乗り、そこからさらに一時間を掛けると、やっと目的の場所にまで辿り着くことが出来た。


「ただいま」

 入口でひと声掛けてから、夕映えのオレンジに染まった部屋に足を踏み入れる。

 ベッドの縁に腰を下ろして本を読んでいた彼女が、絹糸のような長く美しい髪を軽く揺らせながら振り向く。

「おかえりなさい。今日は少し遅かったね」

「ちょっとクラス委員長の仕事があって」

 彼女はいつも通りに柔らかな笑顔を浮かべると、壁に立てかけてあったパイプ椅子を用意してくれた。

 スクールバッグをその上に載せ、窓際に置かれたベッドの前まで進む。

 そして、かつて担任教師の車の後部座席でそうであったように、まるで女神か天使のような極上の寝顔で眠りに就く少女に、そっと声を掛ける。

「ただいま、舞」

「おかえり、イツキ」

 その声は確かに目の前にいる少女のそれと同一だったが、聞こえた方向はといえば明らかに背後からだった。

「それ、やめてって言ったよね?」

 振り返り声の主を睨みつける。

「そうだったっけ?」

「うん。一〇〇回は言った」


 彼女は舞の姉で、その名を(みどり)という。

 年齢は俺たちより二つ年上の大学生だが、妹の舞とは双子と見紛うほどに顔も声も背格好も、それに性格までもが酷似していた。

 舞の見舞いで初めて彼女の姿を見た俺は思わず声を上げて驚き、その直後には人目――彼女らの母親と祖父である――を憚らずに抱きついてしまったほどだ。


「今日は翠さんひとり?」

「うん。お母さんも一緒にくる予定だったんだけど、ちょっと都筑くんと二人だけで話したいことがあるからって言って。それで今日はやめてもらったの」

「話したいこと?」

「うん。舞ちゃんには聞かれたくないから、ちょっとだけお散歩に付き合ってもらってもいい?」


 この病院は市の中心部からえらく離れた場所にあるだけあって、小さなテーマパークも顔負けの広さを誇っている。

 三つある病棟の背後には、散歩コースが一キロメートルに渡り整備されており、今日までにも彼女みどり拉致さ(さそわ)れ何度か来たことがある。

 入院患者の息抜きやリハビリにも使われるためか、低い丘陵に作られている割に起伏は緩やかで、足の少し悪い俺でも何ら問題なく彼女と肩を並べ歩くことが出来た。


「それで話って?」

「お母さんには『まだ都筑さんには話しちゃ駄目だから』って言われてたんだけどね」

 それだけ聞いて良い話ではないことはすぐにわかった。

「舞ちゃんね、もうすぐ別の病院に移ることになったの」

「え……」

 一瞬悪い冗談かとも思った。

 だがこの姉も妹と同じで、本当に大事な場面では誰よりも真摯であることは、短い付き合いながらよく知っていた。

「私は大学があるからこのまま一人暮らしでここに残るけど、もう家は不動産屋さんにお任せして手放す準備はできているみたい」

「どこなの? 病院って、その」

 頭の処理が追いつかずに出鱈目な文法になってしまう。

「うん。遠いところ、とっても」

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