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小物

 合宿の三日目は、昨夜のバーベキューの後片付けから始まった。

 寝ぼけ眼の聖の背を押しながら河原に着くと、適当な石の上に腰を降ろして作業開始の号令が掛かるのを待つことにした。

 しばらくして集まってきた面々の誰もが、その表情に隠しきれない疲れの色を湛えていたが、それは部活の練習によるものというよりは、昨夜のバーベキューと花火大会が原因だろう。

 やり慣れたことよりも不慣れなことの方が、より一層の体力を使うものだ。

 なんならこの中で一番元気なのは、昨日バーベキューを途中退場した俺だった。

 ちなみにこの片付けは二年生だけで行われ、一年生は昨日に引き続きコートを使って練習をしている最中だ。


 撤収作業は滞りなく進み、ものの一時間で河原にあった人工物のすべてが撤去される。

 一同はその足でレストハウスへと移動して朝食という段取りであったのだが、作業中に見つけることの出来なかった舞のことが気になっていた俺は、小池先生に相談して食事をこの後の一年生の時間にずらしてもらうと、昨夜に続き彼女のいるロッジへと足を向けた。


 ロッジ前に置かれたベンチの上に彼女の姿を見つけ、歩く速度をやや上げながら近づいていく。

 彼女の方でもこちらの姿を認めたらしく、手を小さく振りながら「イツキおはよう」と挨拶してくれたのだが、その声はまだ少し弱々しいように思えた。

「おはよう。体調はどう?」

 その様子から万全ではないことは明らかだったが、横になっていなくても大丈夫な程度には回復したのだろう。

「おかげさまで熱は下がったみたい。イツキのお陰だよ」

「俺は何もしてないし。でも、良くなってよかったよ」

 良くなったといっても熱が下がっただけで、本調子とはほど遠い状態だというのは少し話しただけでわかった。

「イツキはこのあとって練習に出るんだよね?」

「うん。朝ごはんを食べてから昼すぎくらいまでかな。舞は?」

「みんなには悪いんだけど、先に帰らせてもらうね。小池先生が車で送ってくれるって」

 この合宿で先生に対する株は、ストップ高まで爆上がりしていた。

 思えば舞の転校初日のクラス委員長選定や、直後の善治での一件、そこからの文化祭での暗躍と、そして今回のこと。

 そのすべての影に先生がいたような気がする。

 もしかして彼は、俺と舞のキューピッドなのでは?

 それはまったく認めたくない事実だった。

「イツキどうしたの? 顔色悪いよ? もしかして風邪うつしちゃった?」

「いや……」


 彼女の体調を気遣いながらお喋りをしていると、いつの間にか食事の時間が目前に迫っていた。

「そういえば舞は朝ご飯って食べたの?」

「ううん、まだ。先生が『いつでもいいから動けそうならレストハウスに来なさい』って」

「俺は今からなんだけど、どうする? 大丈夫そうなら一緒に行く?」

「うん。一緒に行きたい」

 先に立ち上がって彼女の腕を引っ張り上げると、繋いだ手はそのままに深緑の森を歩き出す。


「心配も迷惑もいっぱい掛けちゃって、本当にごめんなさい」

 体調のせいか、それかもしかしたら本来の彼女はこんなふうなのかもしれないが、何れにせよ普段のそれとは違って妙にしおらしい物言いに調子が狂ってしまう。

 それに確かに心配はしたが、迷惑だなどと思ったことは一度もなかった。

「もし俺が熱を出してたとしたら舞は迷惑?」

「そんなわけっ……もう! 意地悪!」

 何ともかんとも恋人同士といった会話に頬が緩みそうになるのを必死に堪えながら歩いていると、木々の向こうに目的地であるレストハウスが見えてきた。

 どちらからとでもなく繋いでいた手を解くと、掌に薄っすらと汗を掻いていたことに気付く。

 手と足の発汗は心理的なものが原因だと聞いたことがあるが、俺はこの期に及んでまだ、彼女とのスキンシップに緊張しているのだろうか?

 自分を擁護するわけではないが、それも仕方あるまい。

 彼女ほどの美人と手と手を取り合い歩く機会があれば、男なら誰だってそうなるはずだから。


 一年生に紛れて取る食事は、周囲から痛いほどに浴びせかけられる視線によって、味などわかったものではなかった。

 ただどうやらそれは俺だけのようで、彼女は約一日振りのちゃんとした食事に舌鼓を打っているようであった。

 何というか、俺と彼女では人間の器のようなものが全く異なるのだろう。

 そんな女性が自分のことを好いてくれていると思うと、なんだか歴史に名を刻むような発見をした研究者のような、なんとも誇らしい気持ちになってくる。

 それを世間では小物と呼ぶことを知っているが、それで結構。

 俺は世界一幸せな小物なのだった。

「ねえイツキ。これってもう食べた?」

 彼女はそう言うと、一口分のかじり跡のあるロールキャベツを箸で持ち上げる。

「うん、食べたよ」

「すごく美味しくない? 私もたまに作るけど、こんなに美味しくできたことないかも」

 ただでさえ大きな瞳をさらに見開いた彼女は、まるで高価な宝石でも見つめるような恍惚とした表情で、そのエメラルド色の塊を色々な角度から眺めていた。

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