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元気の不在

 日暮れとともに、合宿のメインイベントであるバーベキュー大会が行なわれた。

 食べ盛りの運動部がこれだけの人数集まると、そこで消費する食材の量も半端ではない。

 ちらっと覗いたクーラーボックスの中には、そのキャパシティー目一杯に大量の肉が詰め込まれていた。

 そして目の前のテーブルの上にはやはり大量の野菜が、道の駅の地産地消コーナーよろしく山積みになっている。

 聞いたところによると、それらは地元で精肉店や農家をを営んでいるOB・OGからの差し入れというのだから、その太っ腹加減に恐れ入った。


 河原の中心では小規模ながらキャンプファイヤーも行われており、水面に映る炎のオレンジ色が川の流れに反射し、幻想的ともいえる雰囲気を醸し出している。

 何時間か前に聖に追い掛けられていた不運な魚たちは、もう(ねぐら)に帰って幸せな夢を見ている頃だろうか。

 彼女は……舞はどうしているだろう。

 ちゃんと寝ているだろうか。

 それとも、誰もいない暗いロッジのベッドの上で、ひとり熱に浮かされているのだろうか。

 腹を空かせてはいないだろうか。

 寂しい思いはしていないだろうか。


 そんなことばかりを考えながら夜空を赤黒く焦がす炎を眺めていると、昼間練習の手伝いをした時に親しくなった女子部員の子が、気を使って肉と飲み物を持ってきてくれた。

「あ、どうもありがとう」

「いえ。都筑先輩、お疲れみたいですね」

「普段は委員会の仕事であんまり部活に出てなかったから、流石にちょっと堪えたよ」

「じゃあ、いっぱい食べて元気つけてください」

 よく出来た後輩はそう言うと、軽く会釈をしてバーベキューコンロの方に戻っていく。

 去年は自分がそうだったから知っているのだが、調理は基本的には一年生の仕事だった。

 手伝いたい気持ちはあったが、出過ぎた真似は昼間の練習だけで十分だろう。

 それに、作業の合間に交代しながら食事や休憩を取った去年のほうが、人の手により焼かれた物をただ食べているだけの今年よりも、なんだかんだで楽しかったかもしれない。


 宴はいよいよ盛り上がりを見せていた。

 少し向こうの川辺では、懲りずに川に入ろうとした聖が、割と真剣に怒られていた。

 その反対側では、テニス部の男女部長が倒木に腰掛け向かい合うと楽しそうに喋っている。

 あの様子だと、(かね)てより囁かれていた交際の噂もまんざらデマではなかったのかもしれない。

 続けて水平方向に視線を移動させると、河原のほぼ中央に設営された調理エリアに目を向ける。

 そこでは調理の手を休めた数人の一年生の女子部員たちが、食べ物とドリンクを両手に持ち歓談している姿があった。

 その中の一人、先ほど食料を持ってきてくれた彼女と目が合う。

「せんぱーい! 楽しんでますかー!」

 まるで拡声器でも使ったかのような声量のその呼び掛けに、手にしていた紙コップを持ち上げて応える。


 スケジュール的にはこのあと花火大会が行われることになっていた。

 調理の仕事を終えた一年生が食事をしているうちに、手の空いている二年生がその支度を行うのも去年と同じで、手分けをして教員のミニバンから大量の花火を運び出す。

 準備が大方終わり、あとは一年生が合流してくるのを待つだけだ。

(……舞のところに行ってみようかな)

 ふと思い立つと、闇に乗じてキャンプ場をあとにする。


 誰にも気づかれることなく管理棟の近くまで戻ってきた時だった。

「おーい都筑」

 思ってもいなかったタイミングと場所で名指しで呼ばれ、情けないことに「ひゃいっ!」と、返事とも悲鳴ともつかない声を上げてその場に直立する。

 背後からはノシノシという重量感のある足音と、ガサガサという軽く乾いた音とが同時に聞こえ、そして――。

「君のことを探してたんだよ。これなんだけど、岩水寺さんに持って行ってあげてくれないか?」

 振り返ると、そこには担任であり部の顧問でもある小池教諭の姿があった。

「え? それ、なんですか?」

「ゼリー飲料とスポーツドリンク。あともし食べられたら固形物も入れたほうがいいから、シャケと梅のおむすびも入れておいた」

 先ほどから姿が見えないと思っていたら、どうやら麓にあるコンビニまで買い出しに行ってくれていたらしい。

 どうでもいいところではどうでもいいのに、そうでない場面ではそうでないという、舞と同じような性質を彼から感じた。

「すいません。ありがとうございます」

「いいから、それより早く行ってやってよ。きっと心細い思いをしてると思うよ」

 先生に深々と頭を下げると、すぐさま闇に向かって駆け出した。

「岩水寺さんの部屋は四号室だから! あとくれぐれも、変なことはしないようにな!」

「しないし!」

 いったい俺は今日だけで、どのくらいの距離を全力で走っただろうか。

 スマホを持っていればログが取れていただろうが、恐らくは一キロ以上にはなるだろう。

 ただそれも、舞のもとに駆けつけているこれで終わりなのだ。

 最後の体力を振り絞って一秒でも早く彼女の顔を見るべく、夜の闇を切り裂き駆ける。


 暗闇の中に浮かび上がる人気(ひとけ)のないロッジは、まるで廃墟のようにうらぶれて見えた。

 念のため足音を殺して中に入ると、四号室と書かれたドアを静かに開ける。

 真っ暗な部屋の入口の足元にある非常灯の仄かな明かりに照らされ、一番奥のベッドに人が横たわっているのが見えた。

「……誰?」

「……俺」

 極めて短い誰何(すいか)の直後、布団の主が起き上がろうとする気配がした。

「起きなくていいよ。小池先生からの差し入れを持ってきただけだから」

 俺の言葉に素直に従った舞は再び枕に頭を沈めると、布団の中から白い腕を出してこちらに掲げた。

 無言でそっと握り返すと、ベッドの縁に腰を下ろす。

「心配掛けてごめんね」

「全然。熱はどう?」

「まだちょっとあるみたい」

 確かに彼女の手は風呂上がりのように熱く火照っていた。

「冷却シート、おでこだけじゃなくて太い血管の上に貼るといいみたいだよ。腕と足の付け根の部分とか」

「イツキ、物知りだね」

「テレビで聞いただけだよ」


 彼女とこんなに穏やかに会話をしたことは、今まで一度もなかったかもしれない。

 当然といえば当然だが、体調の悪い時にこんな山奥のロッジで一人きりでいるのは、さぞ心細かったことだろう。

「もし寝れるようなら寝たほうがいいよ。みんなが戻ってくるまではここにいるから」

「それよりも静か過ぎて恐いの。少しだけお話してもいい?」

「うん。でも熱が上がるといけないから、ほんとに少しだけだよ」

 暗闇の中で彼女の細い首がコクンと動くのがわかった。

「夕方まではお部屋のみんなが居たから、熱はあったけど全然平気だったの。でも、バーベキューが始まって、一人になったら急に寂しくなっちゃって」

「もっと早く来ればよかった。寝てるかと思ったから、ごめん」

「ううん。でも、もしこのまま死んじゃったらイツキともう会えなくなるんだって思ったら、本当に悲しくて……。馬鹿みたいだよね、私」

「全然そんなことないよ。それに」

「なに?」

「それに、もし俺か舞かのどちらかが先に死んだとしても、それでも俺たちはきっとずっと一緒だよ」

「……うん。お化けでもゾンビでもいいから、ずっと一緒にいようね」

 それは本当に、子どものごっご遊びのような約束だった。

 ただ、彼女が本気でそう願ってくれるのであれば、たとえ俺が先に死んだとしても、絶対に彼女のそばに居続けようと、このときは本気でそう思った。

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