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口も足も

 田園地帯のど真ん中を南から北へと伸びる線路脇の道を、俺と舞は肩を並べて歩いていた。

 たまに気まぐれで自転車登校をする時もあったが、徒歩でのそれは入学して以来初めての試みだった。

 世間は休日の日曜日だということを差し引いても、人通りも車通りもまったくないこの道は、春の穏やかな気候のせいもあってか、まるで世界が滅んでしまったかのように静かだった。


「イツキのお母さんってすごく優しそうね」

 さも楽しそうに通学カバンを大きく振って歩く舞は、「でもイツキとあんまり似てないね」と付け加えた。

「俺は顔も性格も父親似だから」

 妙に神経質なのに肝心な部分では適当なところなどは、我ながらに特にそっくりだと思う。

 母はといえばその真逆で、やたらとマイペースなくせに要所要所ではしっかりと締めるという点では、少しだけ舞に似ている気がした。

「舞のお父さんとお母さんは? やっぱり強引だったり享楽的だったりするの?」

 せめてもの仕返しのつもりで、少しだけ意地悪な聞き方をしてみる。

「ううん。すごく真面目でしっかりしてる人たちだよ。あ、でもお姉ちゃんはちょっとだけ私と似ていて、少しだけ変わってるかも」

 どうやら変わっているという自覚はあるようだが、多少()()な部分があるにせよ、彼女も優等生なことには違いない。

 それに、その人と少しばかり異なった部分も、彼女の魅力の一部だと俺は思っている。

 もっとも、今の彼女の言い方からすると、本人もそれをコンプレックスとしているふうでもなさそうだった。


 後ろから迫ってくる大きな音に振り返ると、人のほとんど乗っていない電車が五メートル横の線路を同じ進行方向へと抜かしていく。

 元より一時間に二本という過疎路線なのだが、休日ダイヤの今日はもっと少ないはずだった。

 次の電車はうちの生徒たちで溢れ返ることになるのだろう。

 先ほど、『昨日は忙しくってあんまりお話出来なかったでしょ?』と言っていた彼女は、有言実行とばかりに矢継ぎ早に話題を変えては、その都度俺に質問を浴びせ掛けた。

「文化祭、イツキはどうだった? 楽しかった?」

 これも彼女の手癖なのか、聞かなくてもわかっているだろうことを敢えて聞いてくような節があった。

「ん。最初は面倒なことになったなって思ったよ。せっかく苦労してした根回しも、舞と南海に呆気なくひっくり返されたし」

「あははっ、ゴメンね?」

 その顔は全然悪びれたふうではなく、むしろ満面の笑みを湛えていた。

「でも、楽しかった。俺だけじゃなくて聖も南海も、他のみんなもきっと同じでしょ」

「そっか。だったらよかった」

 彼女はそれだけ言うと、珍しくしおらしい顔をして見せる。


 ただひたすらに真っ直ぐ続く道は、歩いても歩いてもその距離が縮まったように思えないほどに冗長だった。

 これが真夏や真冬であれば俺たちはとうに行き倒れて、明日か明後日の朝には新聞の隅っこの記事で報じられていたかもしれない。

 幸いにも今はまだギリギリ新緑の季節だったので、どうにかこうにか学校がある隣町との境界まで歩みを進めてることができた。

 小さな峠を超えた途端、どういうわけか急に風が出てくる。

 さすがの彼女も疲れてきたのか、先ほどからすると口数が減ってきていた。


「舞はさ」

 この道中で初めて俺から話題を切り出したかもしれない。

「転校してきた初日の、始業式の日のことって覚えてる?」

 ガンスイジという、二メートルを超えるような巨躯の虚無僧がやってくると怯えたその日の朝のことは、俺はまるで昨日のことのようにはっきりと覚えているのだが、果たして彼女はどうなのだろう。

「もちろん覚えてるよ。私が挨拶したら急にイツキが立ち上がって、それで……ふふっ」

 彼女は突然、口に手を当てて笑い出す。

「って、ごめんね。でも、あの時のイツキのビックリした顔ったら……フふふっ」

 何がそんなにおかしいのかは知らないが、ついには白い頬を赤く染め出す。

「俺が聞きたいのはその後のことなんだけど。南海のお節介で紹介されたでしょ。あの時――」

「あれは私が南海ちゃんにお願いしたの。後ろの席の彼ってどんな人なのかな、って」

 あの時の女子たちの視線が少しおかしかったので何かあるとは思っていたが、それでようやく納得がいった。

「なんで? 俺ってそんなに面白そうだった? それとも――」

 そう言い掛けた時、またしても彼女が言葉を被せてくる。

「だって、この人は絶対に良い人だって思ったから。だから私、お友達になりたくって」

「……そっか。良い人ね」


 再び無言になった俺たちは、やがて峠道を下りきると小さな市街地まで至った。

 そのうち遠くに高校の巨大な校舎が見えてくる。

 スマホで時間を確認すると、家を出てから一時間半が経っていた。

 ようやく校門まで辿り着いたその時、彼女はピタリと足を止めると、くるりと俺の方に向き直った。

 生糸のような滑らかな髪に自然と目がいってしまう。

「どうした?」

「……さすがに疲れちゃった。帰りは電車でもいい?」

 それには同意だが、それはこっちの台詞だ。

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