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転校生

 例年に比べると肌寒い日が続いていた今年の春だったが、新学期が始まる今日になり、ようやく(こよみ)の使い方を思い出してくれたようだ。

 校門の脇に数本だけ植えられた桜の木も、先月末の部活動の帰りに見上げた時には小さな(つぼみ)を付けていただけの枝に、薄桃色の可憐な花を開かせていた。

 

「転校生の名前、ガンスイジっていうらしいぞ」

 始業式の開始を待つ新二年生が(たむろ)する教室に飛び込んできた一人の男子生徒により、(かね)てから噂されていた転校生の新情報がもたらされる。

 そのやけに厳つい名字を聞き真っ先に浮かんだのは、ビリヤード玉サイズの巨大な数珠を首に掛けボロボロの袈裟(けさ)を身に纏った、屈強な破戒僧(はかいそう)の姿だった。

 ほどなくして新担任が教室に姿を現すと、蜘蛛の子のように散らばっていたクラスメイトたちが一斉に自分の席へと戻っていく。


「おはようございます。これから一年間みなさんの担任をする小池(こいけ)です」

 この四十代半ばのぽっちゃりとした男性教諭は、俺の一年の時(きょねん)の担任であり、尚且つ部活の顧問でもあった。

 大変気のいい人物ではあるのだが、俺に何かと面倒事を押し付けてくる厄介な存在でもある。

 昨年度にあってはクラス委員長の任を、そして本年度は部活副部長の役職が

彼の独断により確約されていた。

 きっと目の前の空席も、俺に転校生の世話を見させるための彼の計略なのではないかと、割と真剣にそう疑っている。


 小池先生は教卓に両手を置き教室全体を見回すと、幾らかの間を置いてからおもむろにそのおちょぼ口を開いた。

「もう知っていると思いますが、今日からクラスのお友達が一人増えます」

 完全にウケを狙ったその言い方に、クラスメイトのうち何人かは笑い声をあげた。

 だが、俺を含めた旧小池クラスの面々のほとんどの者は、眉一つ動かすことなく彼を冷視していた。

 当の本人はややウケしたことに御満悦な様子だった。

 マエストロの身軽さで颯爽と振り返ると、黒板にデカデカと板書する。

 白のチョークで書かれた『岩水寺(がんすいじ)(まい)』という名を見て、 俺は人知れず胸を撫で下ろした。

 転校生が女子生徒であるのなら、破戒僧であったりヒグマばりの巨漢という可能性は低いだろう。


「それでは岩水寺さん、こちらに」

 クラスメイトたちの熱い視線がドアの向こうに向けられる。

 岩水寺さんとやらは教室の入口で軽く一礼をしたあと、スタスタとした足取りで教卓の横まで歩いてくると、スカートの裾を(なび)かせながらこちらに向き直った。

 禅寺のような名字からイメージしたのとは程遠いその容姿に、男女を問わずクラスメイトのほぼ全員が感嘆の声を漏らす。

 ハーフアップにした長い黒髪は、近くで見ずともよく手入れがされいるのがわかり、窓から斜めに射し込む春の陽を受け上品に輝いていた。

 磨かれた黒曜石のような黒く大きな瞳の上下には、マッチ棒が二本か三本載りそうな長い(まつ)毛が備わり、すっと通った鼻筋の下にある薄くて小さな唇は、高級デパートに並ぶサクランボを思わせる色艶をしている。

 要するに、とんでもない美人なのであった。


「岩水寺舞です。祖父の仕事の都合で先月引っ越してきました。みなさんよろしくお願いします」

 彼女はそう言うと頭を深く下げる。

 黒く長い髪がサラサラと音を立てながら流れるその様に見惚れていると、ふいに「都筑(つづき)」と名前を呼ばれ、驚いた俺は思わず立ち上がってしまった。

 一瞬の静寂のあと、教室中に大きな笑い声が上がる。

 そして次の瞬間には、それが自らに向けられていることに気づく。

 気恥ずかしさに打ち震えながら、名を呼んだ教師を軽く睨みつける。

「たった今クラスに大爆笑もたらしてくれた彼は、都筑五月(いつき)君といいます。岩水寺さんは彼の前の席へどうぞ」

 再び軽く礼をしてから俺の目の前まで歩いてきた彼女は、一瞬だけ目を合わせるとニコリと微笑み席に着いた。

「ん? 都筑も座ったらどうだ」

 先生のその一言で再び教室に笑いが起こる。


「朝のホームルームは以上です」

 このあとは場所を体育館に移して、始業式やら着任式やらが執り行われるそうだ。

 転校生の紹介をしただけでホームルームが終わってしまったこともあり、我がクラスではそれまでに二十分程度の待機時間が発生していた。

 教室から先生が出ていったのと同時に、岩水寺さんの周りには黒山の人だかりが形成された。

 もっともそのアリたちは女子ばかりであり、男子たちはといえばその光景を遠巻きに眺めているだけであった。

 ただ一人だけ地理的要因からそのほぼ只中に置かれた俺は、頭上を矢継早に飛び交う女子たち質問にひとつひとつ丁寧に答える彼女の声を聞きながら、嵐のようなこの時間が過ぎ去るのを体を縮こませつつ待っていた。


「い~つきっ」

 すぐ真横から名を呼ばれ、声のした方向に顔を向ける。

 そこにはクラスメイトの南海(なみ)が立っており、さらの彼女の背後からは十人からの女子の視線が注がれていた。

「……あの、なにか?」

 そのただならぬ雰囲気に緊張を強いられた結果、やや掠れ声になってしまった。

「五月に舞ちゃんのこと紹介してあげようと思って。五月、こちらが舞ちゃん。舞ちゃん、これが五月ね」

 俺の自己紹介は先ほどクラスでただ一人だけ行われたばかりだが、恐らくは親切心からそうしてくれたのであろう南海の手前、指摘するのことは(はばか)られた。

 椅子に座ったまま身体を捻りこちらを伺う岩水寺舞さんに、上目遣いで軽く会釈をする。

「……どうも」

「全っ然だめ! もう一回!」

 南海に背中を思い切り引っ叩かれテイクを要求される。

 ()せそうになるのを堪えながら、仕方なく今度はもう少し長めの台詞を用意する。

「都筑五月です。呼びにくい名前だけど、どうぞよろしく」

 自分的には無難にまとめたつもりだったのだが、女子たちから大きな笑いが起こる。

 目の前の席に座る岩水寺さんも両手で口を抑えると、その見た目通りの上品さで笑っていた。

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