及川 vs 杉本 必殺技の誕生
「おい杉本」
リングの奥にいる及川が、うずくまる杉本に声をかけた。
“...え?今コイツ、私の名前呼んだのか?”
起き上がれず寝そべったままなんとか薄めを開けて及川を見た。
「杉本でいいんだよな?名前」
杉本の目を見ながら及川が言う。
「なんでやり返さないんだよ、お前」
立て続けに及川が言う。
及川の言葉にはお前は何か理由があってやられっぱなしなのかという疑問とともに、やられているのにやり返さない事への苛立ちが含まれていた。
杉本は黙っている。
黙って及川を睨みつけた。
知った風な口聞きやがって。
お前に何がわかる。
部外者のお前に、何がわかるってんだ!
杉本の心は怒りで一杯になった。
杉本の怒りなどお構いなしにさらに及川が杉本を追い詰める一言を発した。
「お前、女子プロレスラーじゃないの?」
及川は、本当に疑問に思って口にした。
てっきり選手かと思ったこの女はもしかすると練習生、あるいはサポートスタッフとかで、自分が勝手に勘違いしてしまったのかもしれない。
なんだかやれそうな雰囲気を持っていたので、つまり、女子プロレスラーの風格を持っていたのでやりたくなってちょっかいを出してはみたものの、弱い者いじめをしてしまったのかもしれないと及川は申し訳なくなって杉本にそう尋ねた。
これを聞いて杉本がキレた。
この野郎!
舐め腐りやがって!
小さいからって舐めてんじゃねえ!
弱いからって舐めてんじゃねえ!
女狼會のプロレスを舐めんじゃねえ!!
杉本は及川の目を睨みながらマットに手をついてむっくりと立ち上がると後ろに勢いをつけて後ずさるようにいったん二三歩下がり背中をロープに身体を深くめり込ませその反動を利用してリングの反対側のロープ付近にいる及川めがけて一気に駆け出した。
初動から速い。
低い重心で走る事によって生じる体重の負荷を適度にやわらかい足首と膝が支えしなやかに加速していく。
及川のすぐ目の前の距離まであっという間に詰めた。
後数歩で手が届くという残り少しのところで
飛びあがろうとして体重を前脚にかけた時杉本は足を滑らせた。
さっきまでここで及川を捕まえようとしていた際に自分が流した汗が
小さな水たまりのようになっているところを踏んでしまい足を取られたのだった。
つんのめって顔面からマットにぶつかりそうになった杉本は咄嗟に顎をひき受け身をとりながら前転した。
由鬼那と死ぬほど練習して誰よりもうまくなった前転受け身だった。
そしてこれが杉本に幸運をもたらす。
この時及川は杉本が体重をかけたのを見逃していなかった。
てっきりそのまま飛んで体当たりしてくると読んだため腰を落し体勢を低く構え待ち構えていたのだ。
もしここで飛んでいたらがっしりと掴まれ、勢いを利用され強烈なフロントスープレックスを喰らっていただろう。
転んだためにタイミングを外す事ができただけでなく
次の動作が読まれにくい状況に持っていく事ができた。
回転を利用した変形ローリングソバットあるいはそのまま足を取りに来て関節へ、などいくつかある選択肢を警戒し、及川は体勢を低くしたまま両手を軽く広げて待ち構える。
杉本は前転する前と後で選択を変えなかった。
前転が終わる時に再度右足に全体重を乗せ速度と重量の全てを高く飛ぶための力に変えた。
全身の杉本の筋肉が躍動した。
マットからの反作用はやわらかい足首に受け止められ、ふくらはぎのヒラメ筋で増幅されると、強い膝に支えられた大腿四頭筋と大臀筋がうなりを上げ、そして一気に背筋へ伝わった力は杉本に翼を与えた。
軽々と及川の頭上を越えて飛んだ杉本は下を見下ろした。
そこには驚いた顔で杉本を見上げる大女の及川の姿があった。
感じた事のないほどの快感が杉本の全身に電撃を浴びせた刹那杉本は絶頂に達した。
全身を快感に包まれながら杉本は、鳥が片方の翼を広げるが如く左腕を大きく伸ばすとそのまま及川にぶつかっていった、
及川は動かなかった。
及川の中にある本能がそうさせた、
動くんじゃない。
この技を受けきれ。
女子プロレスラーとして、受け切る。
しかし事態はそううまく運ばない。
完璧なタイミングに十二分な高さから及川にアックスボンバーを見舞うはずの杉本はこの時、飛び過ぎていた。
いや、警戒した及川の姿勢が低すぎたとも言える。
ともあれ、及川の首か胸にぶつけるつもりだった杉本の腕はそこには当たらずさらにその上、及川の顔面に杉本の掌底が炸裂した。




