「おい杉本」
リングに向かってくる由鬼那に杉本は慌てた。
「ちょ、由鬼那さん、違うんです!ちょっと待って下さい!」
杉本はリングから降りて由鬼那の元に駆け寄ろうとした。
「そこにいろ」
低く、野太くしわがれた声でぼそりとつぶやくように由鬼那が言った。
リングを降りようとしていた杉本がピタッと止まる。
"ダメだ、ブチ切れてる"
"こうなったらもう何をやっても無駄だ"
"とりあえずここで大人しくしておく他はない"
杉本はリングから降りるのをやめてロープのそばで直立不動になった。
道場の入り口に近い側のロープ際に杉本がいて、反対のリング奥側のロープ際に及川がいる。
二人が無言で見つめる中由鬼那は松葉杖をその場で放り出し、骨折している側の足をリングにかけ三段目のロープをぐいっと掴みのっそりとリングに上った。
リングに上ってすぐ、直立不動の杉本を睨みつけるとギブスと包帯を巻いた骨折している右足の膝で杉本の腹を蹴り上げた。
杉本は、ぐはっ、といいながら崩れ落ちリングに両手両膝をついた。
崩れ落ちた勢いで杉本の鼻血が再開し、リングに血が滴る。
なおも由鬼那は無抵抗の杉本を攻め続ける。
右手で杉本の髪を掴み上に引っ張り上げると杉本は膝立ちの状態になった。
杉本の横っ面に由鬼那の左エルボーがまともに入る。
杉本はリングに崩れ落ちた。
よそ者を勝手にリングに上げて好き勝手に試合をしたら最悪の場合、死ぬかもしれない。
死ななかったとしても自分のように首を痛めて長期のリハビリになるという事も十分ありえる。
いきさつはこの際後回しだ。
こいつには今しっかりと心と身体に教えておく必要がある。
なぜリングは神聖でなければならないのか。
リングに上がるということがどういう事か。
女子プロレスラーに限った話しじゃない。
リングは命をかけて戦う場所だ。
適当にあがっていい場所じゃないのだ。
あれほど言っても、あれほど身体に教えてもお前はまだわからないのか。
杉本は意識が飛びそうだった。
くそう。
なんでこんな事になっているんだ。
杉本も、そして由鬼那も、そう思っていた。
その時、及川が杉本に声をかけた。
「おい、杉本」




