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蒼き乙女よ熱く翔べ  作者: oikawa
第一章 及川ナナ
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登場 二冠王 ギガント”デイブ”由鬼那(ゆきな)

リングに上がった及川は時折ジャンプしたり受身を取ったりしながら楽しそうにリングの様子を確かめている。


その動きには華があった。


何も大したことはしていないのに、いつまでも見ていたくなる。


そんな動きだった。


杉本はまたハッと我に返り及川に怒鳴った。


「てめえ! リングにあがんなっつったろが! ぶっ殺すぞ! 降りろ!」


“くっそ、こいつマジ頭イッてんな、サイアクじゃねえか”


杉本はすぐに立ち上がりリングに駆け上った。


練習生に渡されたティッシュを鼻の穴に詰めて鼻血こそ止まったものの、杉本の黒の練習生用ジャージは血で染まっていた。


「お?お前もういけんの?やるじゃん。来いよ」


及川が嬉しそうに笑いながら、人差し指をくいくいと動かし杉本を挑発する。


「冗談じゃねえ。誰がやるか。降りるんだよ、ほら降りろ」


及川の体に触れようと歩み寄って伸ばした杉本の右手を、及川がするりと躱した。


それから杉本は何度も及川に触ろうとした。


しかし、あと少しで触れそうにはなるのだが、寸前でステップされ触る事ができない。


“こいつ、力があって速いだけじゃねえ、うめえ”


ただ近づくだけでは掴めないと悟った杉本は、いろんな虚実を混ぜて、とりあえず触れる事を試みた。


なのに、全く触れない。


小柄で高い俊敏性は杉本のウリのひとつだった。


杉本は焦った。


力で負ける事はあっても俊敏性では負けないはずのこっちが、こんなでけえ女に触れないなんてそんな事あってたまるか。


それからもう、十分以上は追いかけっこをしていた。


汗だくになった杉本は足を止め、ジャージの裾をまくり顔を拭った。


こっちは鼻がやられたせいで、結構息が上がっちまってる。


なのにあいつはどうだ。


ずぅと涼しい顔をしてやがる。


杉本が止まっている間も、リング中央の及川はひとりでダンスをするかのように小刻みなステップを続けていた。


当初杉本の顔にあった険しさがなくなっていた。


なんだか少しずつだが近づけるようになってきた気がする。


最初は全く触れなかったけど今はあいつに頭を押さえられたり足をこかされたりしている。


たぶんちょっとずつクセを掴めてきているはずだ。


よく見ろ。


観察するんだ。


あいつの目はどこを見ている。


あいつの足先はどこを向いている。


いつ息を吸い、吐いているのか。


見えない動きを見るんだ。


いつしか杉本は真剣になっていた。


及川に触れることに、ただただ熱中していた。


その時、リングの外で、ガターンと大きな音がした。


リング下で立ち尽くして二人の様子を見上げていた練習生の一人が、一歩足を後ろに引いた拍子にパイプ椅子につまずきその椅子もろとも床に倒れたのだった。


一瞬、及川が外に目をやり、ステップが止まった。


今だ!!


杉本が及川に飛びかかろうとしたまさに時、プレハブ道場の入り口から大きな怒声が飛んだ。


「おい!」


逆光を背に、大きな女が立っていた。


身長は及川ほどではないがでかい。


そして横幅は三倍くらいあった。


両腕に黄色のラインが入った上下ジャージ姿のその女は、背中にプリントされたブルドッグとそっくりな顔でリング上の杉本を睨みつけてまた怒鳴った。


「おい杉本っ!誰だそいつ!てめえ誰の許可得てヨソもんリング上げてんだ!あぁ!?」


杉本はそのブルドックそっくりな女を見て、青ざめた。


“うそだろ、なんでこの人が、今ここにいんだよ…”


去年の末に起こした傷害事件で半年の謹慎中だったはずの去年の二冠王ギガント・”デイブ”・由鬼那ゆきなが、松葉杖をついた格好で入り口に仁王立ちになって立っていた。


逆光を背に立つその姿は杉本の目に鬼神のように映った。

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