「この方は?」「マッチョだよ」
「桃太郎……」
「はい、おじいさん、おばあさん」
「どうしても、鬼退治に行くというのかい?」
「はい。困っている人を見過ごすわけにはいきません」
「そうか……。どうしても行くのだな。ならば、この人を連れてゆくといい」
「この方は……?」
「マッチョだよ」
「……え?」
マッチョが仲間になった。
――――
「マッチョさん。お名前はなんと?」
「吉備田といいます。……フンっ。キビタとお呼びください……フンッ」
「キビタさんですね。キビタさんは何ができるんですか?」
「フンッ……フンッ! 見て、ハァ、分かりませんかッ……?」
分からない。桃太郎には分からない。
「筋トレ、ですよ……フンッ!」
それは見てわかる。だが桃太郎が分からないのは、なぜ自分はこのマッチョに背負われているのか。それが分からない。
「桃太郎さんは70キロくらいですね……フンッ! いい重りになります」
桃太郎は分からない。背負うだけならまだ分かる。だがマッチョは、一歩進むごとにスクワットをして歩くのだ。
遅い。この上なく遅い。
「あの、キビタさん……」
「なんでしょう……フンッ、桃太郎さん……フンッ」
「普通に歩きませんか?」
桃太郎の旅が始まった。
――――
「あ! 見てください! あの人仲間になりそうです!」
なにはともあれ、まずは仲間が必要だ。そう話した直後にキビタが声をあげた。
キビタが指さした人物。それは、犬のコスプレをしたマッチョだった。
犬耳のカチューシャをつけ、際どいブーメランパンツの後ろからは作り物の尻尾が伸びている。
桃太郎には分かった。これだけは分かった。
絶対に目を合わせない方がいい。やつは野生の変態だ。
「ダメです。無視して進みましょう。絶対に目を合わせてはいけません」
「え! ちょっとマッチョください! あ、間違えました。待ってください、桃太郎さん!」
「なんですか? 僕たちは急がなくちゃいけないんです。今も困っている人たちがいる。助けに行かないと」
「大丈夫です。僕が最速で彼を仲間にしてみせますよ」
桃太郎には分かった。キビタとはまともな会話が出来ない。
「こんなときは筋肉挨拶を使えばいいんです! さぁいきますよ! ハァァァァァァァ!」
刹那、キビタと変態の目が合う! 桃太郎に緊張が走る! やめろ、やめるんだキビタ! 「ソレ」と関わってはいけない! 身が持たないぞ!(桃太郎の)
だがキビタは止まらない! 止まることを知らない! 良い筋肉は、常に限界の先にある。それをキビタは知っている! だから止まらない! 意味が分からない! とにかくキビタは止まらない!
一瞬のうちに変態と肉薄! メンチを切り合う! その距離なんと5cm!
完全に射程圏内に入った。
いま、繰り出される……必殺の「筋肉挨拶」が!!!
――――
変態……もとい、犬山シゲルは迷っていた。
オタクの中の陽キャが集う、コスプレの祭典であるコミケ。
犬山はコミケに行こうとしていたが、気づいたら道に迷っていた。
犬山はオタクだった。オタクの中でも更にオタク。陰キャ。更に言えば、「ガチ勢」だった。引きこもりながらも、憧れのキャラに少しでも近づくべく筋トレに取り組んできたのだ。
だが、変態……犬山は勘違いしている。
コミケで「犬のコスプレ」はちょっと違う。
ウケ狙いで攻めた結果、滑り散らかしている。たしかに、ゴリマッチョが犬耳をつけてブーメランパンツを履いている……その絵面は面白い。だが変態だ。完全に変質者だ。
近年際どい衣装への規制が強くなりつつあることを犬山は知らなかった。
「オタクの中の陽キャ」デビューは、完全に失敗している。
さて、そんな折にやってきたのが、キビタ。
見知らぬマッチョであるキビタは、目の前でいきなりボディビルのポーズをキメ始めた。
「ダブルバイセップス!」
ダブルバイセップスとは、両の腕に力こぶを作り、上腕二頭筋をアピールするポーズだ。
犬山には分かった。
この人の筋肉は凄い、と。
犬山はガチ勢。筋肉への妥協は一切ない。
その犬山が認めるほどの筋肉。体脂肪率は10%を切っているだろう。バチッ!と浮き上がる血管に、筋肉と筋肉の間の溝がくっきりと見える。理想的な筋肉。美しい筋肉。デカいが、ただデカいだけではない。至高の筋肉がそこにあった。
犬山は完全に理解した。こちらも魅せねば無作法であると――――。
――――
桃太郎は考えた。なぜ、ポージングで絆が生まれたのか。なぜ、2人とも誇らしげなのか。なぜ、自分はこの2人に挟まれて歩いているのか。本当にこの調子で鬼が退治できるのか?
考えて、考えて、考えて……そうして桃太郎は、考えるのをやめた。
犬山が仲間になった。
――――
一行は進む。
山こえ谷こえ、ぐんぐん進む。
道中、サラダチキン(キジ食品(株))を大量に買ってぐんぐん進む。
猿を仲間に加えるか悩んだが、既にゴリラが2人いる。猿の仲間入りは見送られた。
そうしていくらかの月日が経ち、ついに一行は鬼ヶ島への上陸を果たした。
――――
「ここが……フンッ、鬼ヶ島ですか……フンッ」
キビタがいう。
「まるで天然のジムですな……ワフゥ……」
犬山がいう。
「……さぁ、悪い鬼を退治しましょう!」
桃太郎が発破をかける。
だが、マッチョ2人は進もうとしなかった。
いや、別に怖いわけではない。断じてない。ただ、鬼ヶ島の自然があまりに筋トレに適しているがために、そっちに気を取られているだけだ。
大小さまざまな岩が転がり、倒れた大木や、うっそうと茂る木々とツタ。少し工夫を凝らせば、がっつりフリーウェイト(ダンベルやバーベルを用いたトレーニングの総称。マシンや自重トレーニングと区別される)もできそうだ。
「いや、桃太郎氏。見て欲しいでござる。この岩と木、そしてツタを使えば……ほら! ……ワフゥ……。大胸筋を鍛えるのに最適な……ワフゥ……器材の完成でござる……ワフ!」
「そうです桃太郎さん。別に私達、怖いわけでは……フンッ……ないんですよ」
「その通りですなキビタ氏。マッチョは他の誰かではなく、自分と戦うものなのです。自分の限界と戦い、勝利し続けた末にようやく至高の筋肉は手に入る……。他人と競ってばかりでは、マッチョにすらなれないのでござるな!」
「はっはっは! やっぱり犬山さんとは気が合いますね! 仲間に誘ってよかった!」
「それはこちらの言葉ですぞ! まさかこんな出会いがあろうとは。 勧誘感謝ですな!」
「いやいや! 犬山さんの筋肉が魅力的だっただけのこと。 でなければ声をかけなかったかもしれません。 ささ、ここらでどうぞ一杯……」
「や! これはかたじけない……」
2人は今日の筋トレを終え、プロテインで乾杯し始めてしまった。
この後はきっとクールダウンのストレッチに30分以上はかけ、動こうとしないだろう。
桃太郎は分かっている。
(今日の旅はここまでだな……)
こうなるとマッチョ2人は先に進もうとはしないのだ。筋肉の成長には休息が一番大事なのだとか。
それに日も暮れてきた。
(丁度いい頃合いだ。鬼ヶ島に上陸できただけでよしとしよう。)
桃太郎が黙々と一人で野営の準備を始めたそのときだった。
「え~超マッチョいんじゃんやばすぎ~」
「わ、ガチじゃん。触ってみたいかもー」
鬼ギャル、到来。
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