世界にたった1人
カレーを食べた騎士たちと学校に向かう。
王子は一度死にかけたし、魔王のところに行くのは王様も臣下の皆さんも反対していたんだけど
「僕がアッキーを助けに行かないなんて、ありえないよね?」
と良い笑顔で言ってその全員を黙らせた。
アストロン王子、やっぱり怖いよね?
とにかく私たちは魔王城だと思われる学校に突入することになった。
「結構良い結界ですね。強度も十分。解除するとなると私やお母様でも結構時間がかかります。」
ホワイトレースが学校に張られている結界を観察してそう言った。
結界は私たちがフリージアを探しに学校から飛び出した後に張られたものらしい。
一か所だけ結界が張られていない場所があるらしく、結界を解除すると中に溜まっている悪のオーラが溢れだすという可能性もあるので、その場所から突入することになっていた。
「それがこの、学校の正門ってわけか。」
「何か登校みたいだね。」
ライさんと王子がそんなことを言いながら剣を抜く。そう、ここから先は何があるのか分からないのだ。私も武器を構える。
「……アキレア君、武器、打撃武器なんだね?」
「どちらかと言うと私、魔法型なので……。」
フリージアみたいな剣の腕前やかっこよさを求められても困ります。
ライさんは私の答えにそうだったねと頷いた。
まあ、今まで一緒に旅してきてますから何が得意かとかは分かってますよね。女装から男装になったからって、中身は変わらないので戦闘スタイルもいつも通りです。
「うん。僕が先頭で、ライが僕の補助。ホワイトレースとアキレア君はその後ろから強めの魔法攻撃って感じかな。」
フリージアがいないから少し前衛に不安はあるけれど、そこは騎士さんたちにも協力してもらおう。
「じゃあ、行きましょう!!」
学校内の見回りを終えた魔王が礼拝堂にやってきた。
回復室の先生はそれと入れ替わりで部屋から出て行った。
「スキラ君って言うの?」
先生から聞いた名前を確かめてみようと思って言えば、魔王はバッと顔をあげた。それから
「お前に名前を呼ばれると、なんか……照れるな。」
と少し赤くなった顔を隠しながら言った。こう見ると普通に可愛げがあるのだけど。
「……俺とか、アストロンとか、結構強いと思うんだけどさ。」
「うん。強いな。学校で一番じゃないか?」
「でもスキラ君は、そんな俺達より強いだろ?」
尋ねると魔王は困ったように笑った。
「俺のあれは、結局のところ悪のオーラの使い方を応用しているだけなんだ。どうせ魔王は死なない。だったら体に無意識にかかっているブレーキを、『体を守るための良いもの』だと認識して、悪のオーラでそれを破らせればいい。」
「つまり、体の限界を悪のオーラで超えさせてるのか……。」
「まあね。」
それはすごい無茶なんじゃないだろうか。
「良くないことなんじゃないか……?」
「だから悪のオーラが使えるんだ。」
感情が表情に出ていたのだろう。魔王は俺の顔を見て軽く笑った。
「心配しないでいいよ。どうせ死なないから。」
「死ななくても……、痛いものは痛いんだろ?」
もしかして彼が回復室にいたのはそのせいなんだろうか。魔王が死なない存在でも、ダメージは受ける。
「そんなに心配してくれるなら、傍にいてずっと俺の回復をしてくれれば良い。実際あの時の回復室での回復は、とてもよく効いた。」
「……そもそも無理をしなければ済む話だ。」
俺は魔女じゃない。魔王に辛い思いをして欲しいわけでもないし、自分が聖女にふさわしいかは分からないけれど、アストロンやアキレアを裏切ってまで魔王につく気はさらさら無かった。
「なあ、魔王。」
「ん?」
「俺さ、多分お前が殺されるのを止めないぞ。」
「……そっか。」
「それでもお前は、俺のことを運命だって言うか?」
「それでも好きだよ。この世界に悪のオーラの影響を受けない存在は2人。勇者と聖者だけ。俺にとってお前は、オーラに惑わされることなく、俺と向き合ってくれた人だ。」
魔王は微笑みながら言う。殺されるのを止めないと言われた後だとは思えないような、穏やかな表情だった。
「俺はお前が許せないんだ。どうしても。俺の、世界で一番好きな人を殺そうとしたから。」
思わず膝を抱えてしまう。聖女として、こんなのはダメかもしれない。誰かを恨んだり許せないのはいけないことかもしれない。魔王はそんな俺を見ても微笑みを崩さず、口を開いた。
「違うよ。俺は、アストロン王子を殺そうとしたんじゃない。」
「え?」
「殺したんだ。」
頭に血の海に倒れるアストロンが過る。
そうだ。俺がしたのは回復ではなく、むしろ蘇生だった。
アストロンはあの時、短い時間だったとしても確かに死んでいたのだ。
グッと手を握りしめる。
「俺は、悪いことだと分かっていてもお前が欲しかったし、いっそあの王子が本当に死んでもいいと思っていた。だからお前が勇者か聖女か分からない状況で、王子を殺したんだ。」
魔王は淡々と言った。それこそ柔らかい詩を読むような声色で。
だから震える声で尋ねた。
「お前は……俺に殺されたいのか?」
「できることなら。」
それは、できないのを分かっている返事だった。
そうだ。聖女に魔王は殺せない。俺にスキラは殺せない。
魔王を殺せるのは世界でたった1人、勇者であるアキレアだけだ。
そして、それを決めることができるのも、アキレアだけなんだ。
俺は気分を落ち着けるために長く息を吐いた。ふいに魔王が顔をあげる。
「意外と早いな。……そういえば、お前たちは何らかの方法で悪のオーラに対する耐性を、自分たち以外につけられるようになったんだっけ。」
何のことだろうかと、魔王を見る。魔王は俺を見て、疑問に答えてくれる。
「勇者たちが来た。」
今回のタイトルは『世界で一番好きな人。世界で唯一俺を見てくれた人。世界でただ一人魔王を殺せる人。』この辺の意味です。
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