魔王が聖女に願うこと
俺達が作ったクッキーに加護が宿るのと同じように、魔王の作ったクッキーにも悪のオーラが宿る。そして悪のオーラを自在に操れる魔王は、そのクッキーを食べた人たちを特に思い通りに操れるらしかった。
(つまり先輩のクラスメイトと……俺のクラスの連中か……。)
この学校には回復の先生が張った結界がある。
中にいる生徒は操られていて、人質としても駒としても使える。さらに魔法使いや騎士のクラスもあるので戦力はまあまあ。魔王が悪のオーラで相手を弱体化させることが可能なので、国の部隊でも制圧は難しいだろう。場合によっては攻めて来た人たちも操られて状況が悪化するかもしれなかった。
「魔女と言われるのはどうだった?」
「っ……。」
魔王は微笑みを浮かべながら俺にそう尋ねた。
「嫌だったに決まっているだろう。」
魔女は魔王側についた聖女の呼び名。俺は魔王側についた気はない。
「皆の前で王子を助けて、今までだって勇者として努力して、別にそこまで悪いことはしてないのにね。」
それでも、怖かった。
俺に向けて魔女だと口々に言う人たちが恐ろしくてたまらなかった。
自分がしたことがどれだけ悪いことなのか、皆を騙していたのかと、胸が苦しくて仕方なかった。
ただでさえ失恋したかもしれないアストロンに、ずっと騙していただなんて知られたくなかった。
「……お前が怖いのは町にいた多くの人間よりも、たった一人の王子様か。俺の運命。」
「お前の運命は勇者だろう。俺じゃない。」
魔王にとっての運命は死の運命。たった一人、魔王を殺すことができる勇者のことのはずだ。
けれど魔王は俺の言葉を笑い飛ばした。
「あんな臆病者が俺の運命であるものか。いや、確かに死の運命という意味ではそうかもしれないが。」
それから魔王は俺を見て、視線を合わせた。
「確かに俺は、お前が勇者だと思ったから、お前を運命と呼んだ。だけど次第に、俺の運命がお前なら、俺はこの世界で生きてみたいと思うようになった。運命は死の運命だけじゃない意味を含むようになったんだ。」
魔王が俺の手をとる。
「お前はいつだって、俺をまっすぐ見て、向き合おうとしてくれた。たとえお前が聖女だったとしても、俺にとってはお前こそが確かに勇者だった。」
それはきっと、魔王の本当の言葉だった。
そしてその言葉は、俺が欲しい言葉にとても似た形をしていた。
「俺はお前が好きだ。どうか、俺に生きて良いと言って欲しい。どうか一緒に生きて欲しい。お前がいなくなった後、何十年何百年生きるかもわからない俺に、生き続ける光を与えて欲しい。」
魔王は俺の手を握って、縋るように、祈るように、願うようにそう言った。
俺はその言葉を受け止めて目を閉じる。言葉をゆっくり飲み込むためだ。
彼の言うことはきっと本心なのだ。
俺のことを好きだというのも、きっと。
俺のことを勇者だと認めてくれるのも、きっと。
どちらも嬉しかった。だけど、けれど。
「……ごめん。」
失恋したかもしれなくても、ずっとだまし続けてきてしまったとしても、俺はアストロンのことが好きだった。俺の言葉に魔王は眉を下げながら微笑む。
「だろうね。そんなにすぐに、あっさり応えてくれるのならこんなことをする必要がないからな。」
どうやら魔王には俺の答えが分かっていたらしい。
そして、分かっていたからこそ俺をここに連れてきたと。俺が魔王の想いに応えるまで留めて置く場所として。
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