間話 聖女のままではいられない3
フリージアは強い女の子だった。
物心ついた時から、ずっと一緒にいた、自分とそっくりな女の子。
いつだって彼女は私の手を引いて進んでくれた。
嫌なことを言う人から守ってくれた。
私が私になる前からずっとそうだった。
勇者なのが嫌だった。
自分で決めたわけじゃないのに、周りは私に勇者らしさを求める。
なりたくてなった訳じゃないのに。
私にはいつだって間違った勇気だけがある。
怖いのも痛いのも、辛いのも嫌。
それに立ち向かう勇気は無いくせに、それを他人に伝える勇気だけはあった。
強くて優しいフリージアは、いつだって私の話を聞いてくれた。フリージアは私を優しいとよく言っていた。
けれど私は知っていたんだ。優しいのいつだって私じゃなくてフリージアだった。
「ねえ、私たち、入れ替わらない?」
「え?」
「私が勇者アキレアになる。だからアキレアは聖女フリージアになって。」
「で、でも神様は」
「きっと神様はお告げを間違えちゃったんだよ。大丈夫。勇者と聖女は最後の最上級魔法以外は覚える魔法は同じだって言われてる。神聖魔法を使える人は他にいないんだからバレないよ。」
「そうかもしれないけど」
「魔王の前に立った時にその場に勇者と聖女がいればいいんだよ。それで最後のとどめだけ、どさくさに紛れてアキレアがさしちゃえばいいんだ。きっと誰にもバレっこないよ。」
本当は知っていたんだ。私を安心させるために笑うフリージアの手が、確かに震えていたことも。
でも、それでも私は勇者でい続けることが嫌で、フリージアの誘いに乗った。本当に、間違った勇気だけは人一倍だ。
フリージアは聖女だ。彼女はいつだって私が知っている中で一番慈愛に満ちていて、一番正しい存在。
勇ましく強い彼女が聖女らしくない?大人しくて守ってあげたくなる私の方が聖女らしい?そういうのを人の表面しか見ていないって言うんじゃないかしら?
思っていたよりクールで隙がない聖女だと言われたことがある。聖女にしてはきっぱりしていて判断が冷酷と言われたこともある。それはそうだろう。
だって私は聖女じゃない。本当の聖女は、この世界で一番愛に溢れた私の片割れ、フリージアだ。
男を見る目とかは無いと思うけど、好みは間違いとは違うので置いておこう。
彼女が明確に間違ったことをしたのは唯の一回。
彼女の間違いは私と入れ替わったこと。
きっと幼さ故の間違いだった。
優しさ故の間違いだった。
愛からくる間違いだった。
彼女は私を、勇者アキレアを救いたいと思うあまり、入れ替わるなんて馬鹿げたことをしてしまった。そしてそのたった一回の間違いがずるずると今も、私たちの首を絞め続けている。
ねえフリージア。本当は私が出来ないからって、代わりにやるんじゃダメなんだよ。
ねえフリージア。本当は私が出来るように、『私が』出来るようにしなきゃダメだったんだよ。
そうだ。フリージアの提案は間違っていた。
けれど、それよりもずっと間違っているのは、間違い続けているのは、私なのだ。
皆が見ているのはフリージアの『勇者アキレア』だ。
アストロン王子と同じくらい強くて、困っている人を放っておけない勇ましい人物。フリージアがこうあるべきと考えている『勇者』だ。
実際の勇者は聖女に役割を押し付けて、その重責から逃げ続けている卑怯な臆病者だ。私はフリージアにはなれない。……彼女が作り上げた『勇者』にはなれない。
では、逆はどうか。
私が演じる『聖女フリージア』。
フリージアは私を見て可愛いと、聖女らしいと言う。血を見るのがそこまで怖くはないから回復魔法も普通にできる。戦いから逃げていたから回復魔法を覚えるのが早かった。でも、それだけだ。
フリージアを見るたび、痛感する。
私は決して聖女でも、聖人でもない。
(じゃあ、勇者でも聖女でもない私は、一体何なの?)
フリージアは可愛いものが好きだ。私を飾ることで満足していたけれど、本当は本人も可愛く着飾りたいだろう。
それに……フリージアはアストロン王子が好きなのだろう。けれど勇者でいる限り、彼女は本当の自分を王子に見せることができない。……絶対あの王子は何があってもフリージアを逃がす気は無さそうだが、フリージアはそれに気付いていないし。
……とにかく早く魔王を倒して私たちは勇者と聖女ではなく、ただのアキレアとフリージアに戻ってしまわなければいけない。役目がなくなれば入れ替わりをやめても問題は無いはずだ。
……これもきっと、早く自分の好きな人と何も考えずに幸せになりたい自分のための言い訳なんだろう。フリージアのためにもなるからと言って、フリージアに望まないことをさせようとしている。
だけど、聖女でも無ければフリージアの『勇者アキレア』にもなれない私でも、神に選ばれた勇者だ。
「魔王だけは、私が殺してみせるよ。」
それだけが、私が勇者であることの意味であり、勇者に選ばれた理由なのだから。
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