悪の精霊を倒す
集落の人間を集めるのは簡単だ。勇者の名前を使えばいい。
王子の名前ならもっと簡単だろうけど、そこまで強い命令だと逆に警戒されてしまう。
悪の精霊討伐のために集落の全員を集めてほしいと長に言えば、家から出れないような人以外のことは広場に集めてくれた。
「今日はずいぶんと大人数ですな。」
そう。今回は兵士の人も10人くらい同行してもらっている。色々と人手が必要なのだ。
ちなみに彼らは昨日出発していて、今日俺達と合流した。
「お集まりいただきありがとうございます。俺は勇者アキレアです。今回悪の精霊の問題を解決するためにやってきました。」
そう言えば小さく歓声と拍手が起きる。そうだ。俺は今から悪の精霊を倒さなければいけない。
「まずは話をまとめましょう。20年ほど前に悪の精霊が元々住んでいた水の精霊を殺し、この山から生物を排除してしまった。そして最近はその山に限らず、周囲にもその範囲を広めている……。そして実際に先週も集落の人が悪の精霊のガラスで怪我を負った。大体の流れはこんな感じでしょうか。」
「そうだよな。」
「俺もガラスで刺されたことあるぜ、すっぱり切れて、めっちゃ痛いんだよ。」
ざわざわと賛同の声が聞こえた。
「とりあえず1つ、訂正しておきましょう。山に限らず周囲にもの生物を排除する範囲を広めているということは確証がありません。」
「なんですと?!」
声を上げたのは長だ。
「これを見てください。」
ライがバッと地図を広げた。
「こちらは城の資料室に保管されていたこの集落の地図です。cm単位までは分かりませんが、話題の山も乗っています。植物が育たなくなった範囲について記載がありますがその範囲は今と変わっていません。」
「そんな!!こっちは毎日見ているのですよ?確かに範囲は広がっています!!」
「毎日見ているからこそ分からないことも、記憶違いということも、気のせいということだってあり得ます。過去の記録と照らし合わせても確かな証拠は得られませんでした。完全に否定はしませんが、範囲が広がっているという確かな証拠も無いのです。」
ライがまっすぐ地図を突きつけながら言う。長はぐっと唇を噛みしめ俯いた。そんな長にアストロンがにっこり笑う。
「大丈夫ですよ。みんな一緒ですから。」
次の瞬間控えていた兵士が数人の人間を捕まえた。その中には宿屋の主人もいる。
「な、何をするのですか?!」
「記録にない物品の取引……。記録になくても、存在していないことにはなりません。これは立派な脱税……犯罪ですよ。」
ライがアストロンの隣でこの集落の取引の書類を広げている。アストロンの言葉に長がうなだれた。どうやら罪を認めるようだ。まあ王子殿下に証拠を突きつけられたら、諦めるしかないような気もするが。
「さて、この記録にない取引。一体何を取引していたのでしょうか。」
ホワイトレースが綺麗なガラス細工を持って、俺の隣に立った。
「そう。この美しいガラス細工……あのガラスの山から盗んできたガラス細工です!」
「盗んだなんて!!山になっている木の実を採ってくるのと同じですよ?!」
先週怪我をした男が叫ぶ。
「山の持ち主が嫌がっているんですよ。そもそも許可を取っていない時点で盗みです!」
いや、嫌がっているのに奪っているんだから最早強盗かもしれない。
「ガラスの山で、悪の精霊に襲われて怪我をした?いいえ。あの山の精霊は山を荒らす泥棒を追い出そうとしただけ。あの山に悪の精霊なんていないんです!!」
ざわっと、集まってきた人たちがざわつく。
「で、でも勇者様!!山の精霊はその前の……水の精霊を殺しているんですよ?!」
手を上げてそう尋ねてくる人がいる。俺はそれに静かに首を横に振った。
「まずそれが誤解なんです。」
俺はお婆さんとガラスの精霊から聞いた話をまとめて、集落の人たちに伝えた。
「で、でもそれだって作り話かも知れないじゃないか!!」
「そうですよ!証拠がありません!!」
狼狽えながら叫ぶ人たち。真実を話しても信じてくれるわけじゃないか……。アストロンはそんな人たちを見て笑って言った。
「やだなあ、皆さん。この辺りの山にはまだ、水の精霊の恵みが残っているじゃないですか。それこそが水の精霊が殺されたのではなく、寿命で消えてしまったという証明。自分が消えることを察して、自分がいなくなった後のことを考えた証拠ですよ。」
その言葉に集落の人間だけではなく、俺までハッとしてしまう。
そうだ。水の精霊は、あの山にガラスの精霊を残していく時に、できるだけ彼女が辛くないようにしたのだ。これこそが水の精霊が寿命で消えてしまったという最大の証拠。
さて……とりあえずアストロンの言葉で集落の人間も概ね納得したようだ。これで悪の精霊を……集落の人たちの心に出来上がっていた悪の精霊像を倒すことができただろう。
それから先ほどの捕まえた人たちが行っていた行為をさらに詳しく説明した。
「というわけで、今後は無断で山のガラス細工を盗ることが無いように、この集落とガラスの精霊との間で契約を結んでもらいます。」
今この場にいる皆を証人にして。ホワイトレースがマジックアイテムの契約書を持ってくる。城から来た騎士とアキラとアキラが連れてきた商人と技術者も前にやってきた。
一応契約書の内容は事前にガラスの精霊に見せて許可をもらっている。
「これって結局どういう内容なんだっけ?」
俺は契約書の中身については、あまりちゃんと理解していない。
小声で隣にいたアキレアに聞いてみたら、なんかジト目で見られた。いや、俺、ちゃんと集落の人間に話したし、ガラスの精霊にもアキラにも話通したじゃん?結構頑張ったと思うんだけど?!
「簡単に言うと、ガラスの山のガラス細工を無許可でとってはいけません。許可をもらってとったガラス細工は、あの……アキラっていう人の管理する商人とかを通して売買してください。許可はガラスの精霊本人からとってください。ガラスの山の保全と、契約書の内容遵守を確認するために騎士が派遣されます。って感じかな。」
うん。多分問題ないな。細かいところはよく分からないけど。
そんな俺を置いて、どんどん契約は進んでいった。
アキラ達は昨日学校から帰ってすぐに出発してます。
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