あなたが作り出す価値がある
ガラスの精霊の話はこの次の話くらいで終わる予定です。
「おおー。」
ガラスの山の植物は、すべてガラスでできている。一歩足を進めるたびに日の光を通したガラスがキラキラと角度を変えて輝く。それがずっと眺めていたいと思えるほど綺麗で仕方ない。
透明なガラスも綺麗だが、七色に輝くようにカットされたガラスも、赤や青に色づけられたガラスも綺麗だ。水のたゆんだガラスも、波を表現する柔らかなガラスも美しい。ガラスで作られた植物の葉がシャラシャラとぶつかりあう音も涼し気で良い。
景色を純粋に楽しみながら山を登る。ガラスでできた森を通り、花畑を通り、川を渡り、辿り着いたのは穏やかな風が吹く場所だった。
平らなガラスでできた道。その周りにはガラスの草原が広がり、丸みを帯びたガラスで作られた木には、透明感がありながら濃く色づいたガラス玉がいくつも実っていた。
「きれい、きれい……言い過ぎです。」
その空間の真ん中には湖があり、そのほとりに唇を尖らせた女性が座っていた。怒っているのかと思ったが、どうやら照れている様子。
「だって本当に綺麗なんですもん。」
そう言えば彼女は頬を赤くした。
「まあ良いでしょう。あの方も私のことを可愛い、綺麗と言ってくださいました。ええ!きっと私がきれいなのは事実なのでしょう。はい。それで、何の用ですか?」
彼女は自分自身でどうにか納得したらしい。仕切り直して俺に問いかけた。
「俺はこの山と集落で起きている問題を解決したいと思っているんだ。そのために、何が起きているのかを知る必要がある。あなたの話を聞かせてくれないか?」
座っている彼女に視線を合わせるために膝をつく。彼女はそれを静かに見ていた。
「あの子から聞いたでしょ。多分ほとんどその通りよ。」
「あの子?」
「……ああ。人間でいえばもうだいぶ年なのかしら。あの方の巫女だった人間よ。」
お婆さんのことらしい。俺は頷いた。
「あの方は言っていたわ。本能より、理性より、感情を優先することがある人という生き物は動物でも魔物でも厄介だから適当な恩恵を与えて敵対しないようにするのが良いんだって。……でも私にはそれができなかった。」
「集落の人が、あなたが水の精霊様のために作ったガラスを手折ったから?」
ガラスの精霊は静かに頷いた。
「私は、あの方がいたこの山を離れたくない。そしてあの人間たちにこの山を荒らしてほしくもない。ねえ、こんなのって我儘かしら?」
「そんなこと」
「あの方は生命を育めたのに、恩恵を与えられたのに、生命を育めない私がこの山にいたいだなんておこがましいかしら?」
俺は目を丸くした。この山はもともと立ち入り禁止で、この山の実りが取れなくとも、集落の人間たちの生活は以前と変わらないはずだ。
それでもこのガラスの山に目を付けたのは、この山のガラスに価値があると思ったのは
「あなたのガラスはとてもきれいだよ。それが、恩恵になりえるほどに。」
俺の言葉に今度はガラスの精霊が目を丸くした。
きっと彼女は気に病んでいたのだろう。水の精霊と似て非なる自分が山を受け継いでしまったことに。この先、水の精霊と同じ恩恵を与えられないことに。もしかしたら、水の精霊と同じになれない自分は、この山を追い出されても仕方ないと思っていたのかもしれない。
「あなたのガラスは確かに命を育めないかもしれない。でも、あなたのガラスの美しさは心を育めるんじゃないかな?」
「心を……?」
「綺麗なものを綺麗だと思える心。綺麗なものを見たいと思う心。綺麗なものを作りたいと思う心。」
ゆっくりと話す。あなたの作り出す美しいものには、確かに価値があるのだと。それは恩恵になりえるのだと。ここにいて良い理由になるのだと。
「でも私は……人間たちを傷つけてしまったし」
「確かに褒められたことじゃないですが、人間の方も悪いことをしたんです。……そうですね。ちょっと方法を考えますから次の土曜日くらいまで待っていただけませんか?」
「え?ええ。」
山から戻った俺達はそのまま城に戻った。
さて、やることはたくさんある。まずはあの集落の後ろめたい取引の証拠集め。
必要な人員の確保に、契約書の製作。
それから
「アキラ、お前に頼みたいことがあるんだが。」
「アキレア!!お前の頼みなら喜んで!!それで何が望みだ?旅に役立つアイテムの割引とかか?」
商人ともやり取りがあり、実家でも商売をしているらしいアキラ。
「ガラス細工に興味はないか?」
「……それは商品としてか?」
彼の目が輝くのが分かった。
気になるかも?良いかも?と思っていただけたらブックマーク、評価や感想をいただけると嬉しいです!
次回もお付き合いいただければ幸いです。よろしくお願いします。