水とガラス
今回は昔話です。
もともと水の精霊は長くこの辺りの山々を治めていて満遍なく水を行き届かせ、山の実りを豊かにしていたらしい。
そんな水の精霊が住む山(今ガラスの山になっている山)は元々精霊様の山として基本立ち入り禁止で実りを採るのも禁止されていた。そういうことをする場合は精霊様に掛け合って許可を取る必要があったらしい。
水の精霊はとても強い精霊だった。
そんな精霊はある日、自分によく似た性質のぼろぼろの精霊を山の麓で拾ったそうだ。
「せ、精霊様?!その精霊は誰ですか……?え?もしかして攫って……?」
「人聞きの悪いことを言うでない!この子は山の麓で見つけたのだ。今にも消えそうだが、ぼろぼろで可愛らしいだろう。」
「確かに可愛いの語源は可哀そうにあるみたいですけど……。ぼろぼろのままだと消えてしまうんじゃないですか?」
「ふむ。それはいかんな。」
水の精霊は自分の力をたっぷり注いだ泉にぼろぼろの精霊を入れて、助けてあげることにした。
「おお!洗ったらキラキラして……とっても可愛いなあ!!」
自分によく似た輝きに水の精霊は大層喜んだ。
「本当に精霊ちゃんは精霊様に似て、キラキラで透明ですね。」
水の精霊は人間の姿をしていることが多かった。まあ水は変幻自在なので、他の姿をとることもあったが。
「って、うわ?!お、お前も形を変えることができるのか……?!」
順調に回復した精霊ちゃんは精霊様の姿を真似して、人間の姿をしたらしい。
透明で、きらきらで、変幻自在。
本当にガラスの精霊は水の精霊によく似ていた。けれど決してガラスは水には混じらない。同じように見えても、紛れて見つけられなくなってもガラスは水とは違った存在だった。
「ああ、なんて綺麗なんだ。同じにならないことがこんなにも嬉しい。」
水の精霊はガラスの精霊を可愛がり、そして愛するようになった。水の精霊は今まで他の物体にここまで心を砕くことはなかった。ここまで似ているのに、自分と違う存在でいてくれるものを知らなかったのだ。
「ありがとう。お前のおかげで、俺は最後の最後に他を愛することを知れた。」
「それは、どういうことですか?」
月がきれいな夜、水の精霊とガラスの精霊はその身に月の光を通しながら言葉を交わした。
「精霊の命は長い。人間より、普通の魔物より……。それでも終わりというものはあるのだ。」
「それは……。」
ガラスの精霊の口元に指を当て、水の精霊は言葉を塞いだ。
「俺はお前に、この山にいてほしい。」
水の精霊は大層寛大で、穏やかで、賢明で……偉大な精霊だった。しかしそんな精霊の賢明さも愛の前では掠れる。頭では分かっているのに、心が騒ぐ。
「俺がいなくなっても、お前はここにいて欲しい……。」
ガラスの精霊は首を横に振った。
「私は、私は水じゃありません。私がこの山を継いでも、山を枯らしてしまうだけ。だって私は命を育む水じゃない。」
「この山が枯れるのは、決まっていたことだ。俺が消えるということは水が枯れるということ。……植物のためにも動物のためにも、この山の周りの山には精一杯の加護を与えた。この山くらい好きにしても良いだろう。」
「山1つくらいだなんて……。」
「もともと人も動物もこの山には基本的に入るなと言ってある。実りの収穫量などに影響は無いだろう。」
水の精霊は周りを見回す。
「この山にいるのは、俺と死を共にするもののみ。まだ生きていたいと願っていた植物たちは巫女達に他の山に移してもらったしな。」
「だったら私だって!!」
「俺は、愛する者に一緒に消えてもらいたいと思うような精霊じゃない。」
きっぱりと水の精霊は言った。
「そ、そんなの勝手です!一緒に消えるなと言うのに、この山にいてほしいと願うなんて。」
「勝手ですまない。……本当は、俺がいなくなったら、好きにしてくれて構わないんだ。俺を忘れないでいてくれればそれで。」
「忘れられるわけが、ないじゃないですか……!!」
水の精霊が消えた夜、ガラスの精霊は枯れ果てた山に、植物を模したガラスを作り出した。
今は無き、水の精霊との思い出を蘇らせるように。消えてしまった精霊たちに花を捧げるように。
本編と関係ないですが、ガラスは水中だと切れるらしいですね。
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