宿屋にて
集落に戻ると何か騒がしい。どうしたのかと様子をうかがっていると、手から血を流した人が2人運ばれているのが見えた。
「どうしたんですか?!」
集落の人に尋ねれば山の近くで負傷したという。
「治しましょう!」
アキレアはそう言うと怪我人の元に走って行って神聖魔法を使った。
「おお!!流石聖女様!!」
「傷がみるみる治っていく!!」
血まみれの傷口は、やはりあまり見たくない。
俺は何があったのか尋ねることにした。どうやら例の山の近くに行って怪我をしたらしい。
「ちくしょう!あの精霊め!!誰彼構わず襲い掛かってきやがって。」
フリージアが治療した傷から落ちるのはガラスだ。ガラスの精霊というだけあってやはりガラスで攻撃してくるのだろうか。
「ん?これは」
そのガラス片の中にキラキラ光る丸っこいものが含まれているのに気が付いて、手に取る。
「きれいなガラスだね。」
俺の手元を覗き込んだアストロンがそう言った。こんなきれいなガラスで攻撃をするだろうか?いや、丸っこいこのガラスでは人の肌を切り裂くことはできないだろう。そんな俺たちを見て、フリージアの治療を受けた人が声を上げた。
「あ!それは俺のです。返してください!」
必死な様子だったのですぐに返す。その人はへらへら笑うとぺこりと頭を下げた。俺とアストロンは顔を見合わせた。
夕食は宿屋でごちそうになることになった。山の幸をふんだんに使った料理だ。近くの山で採れた新鮮な食材を使っているんだろう。美味しい。こういう地元食材の料理も良いよな。山菜の天ぷらも、きのこの汁物も、鹿肉を使っているという主菜も美味しい。そこで俺は思い出した。
「そう言えばあのガラスの山って入口とか、登る道とか無いんですか?」
宿屋の人に話しかけるが、首を傾げられた。
「入口なんてなかったと思いますが。」
「どこからでも入って良いんじゃないですか?あんな山。」
「靴を履いてればガラスで怪我をすることもありませんし。」
宿屋の人たちはあまりあの山を良く思っていないようだ。
(ん?でも、靴を履いていれば怪我をしないって、まるで山に入ったみたいな言い方だな?)
山に入ると誰彼構わず攻撃してくるかもしれない精霊がいる山に、この人は入ったのだろうか?……明日もう少し聞き込みするか。
とりあえず今は料理を楽しもう。料理に舌鼓をうっているとアストロンが宿屋の主人に話しかけた。
「それにしても小さな集落ですが、なかなか良いものですね。」
「ありがとうございます。殿下。」
「そこに飾ってある壺も良いものですね。」
「わかりますか?流石は殿下ですね。」
どうやら宿屋に飾ってある装飾品は結構良いものらしい。アストロンは終始ニコニコしながら宿屋の主人と話していた。
ぜひ泊ってほしいということになり、最初はアキレアが微妙な反応をしていた。が、各自部屋があると聞くと渋々ながら了承した。なんか部屋の順番に口出したりしてたけど。
部屋に荷物を置いてシャワーを浴び終わってから、アストロンとライが部屋に尋ねてきたので招き入れる。ライが部屋の壁を叩いたりした後に頷いた。それを見たアストロンが口を開く。
「少なくともこの宿屋の主人は黒だね。」
「唐突だな?おい。」
俺とアストロンはベッドに座り、ライは椅子に座る。
「この集落の収入は山菜とか、そういうもので成り立ってるんだ。さっきの壺、あれは良いものだ。しかもこの宿にはあの壺と同じくらい高いものが数多くあった。」
「めっちゃ山菜とってるんじゃないのか?」
「いや、この集落からの収入とかそういう書類を城で見てから来たけど過去20年の収入じゃあんなに良いものを大量に買うことはできないはずだよ。」
「つまり……?」
「書類に記載してない収入……。まあ違法な取引があるってことだね。」
アストロンが静かに言い切った。というか下調べとか入念だな?
「……じゃあ捕まえるか?」
「いや、上手く証拠を掴めないと言い逃れされるかもしれない。それに……。」
「それに?」
「この宿だけじゃなくて、多分この集落全体で何かしてる気がするんだよね。」
ふむ。つまりもう少し様子を見たいということなんだろう。
「まあとりあえず情報の共有をしておきたかったんだけど……。」
「ん?」
アストロンが何やら俺を見ている。首を傾げると
「いや、アッキーってお風呂上りで今から寝るっていうのに意外と厚着だね?」
と言われた。
アキレアにお風呂上りは身支度をしっかりするように注意されているのだ。特に外泊の場合は手を抜いたら魔法対決も辞さないという勢いだった……。実際魔法の腕前はどっちが強いか微妙だし、そもそもアキレアとあんまり戦いたくない。
「勇者だからな!いつでも外に飛び出せるようにしないと。特に今は冒険の最中だし。」
とりあえず当たり障りのないことを言ってみる。
「まあ、そうだね。」
「そういうアストロンも結構しっかりした格好じゃないか。」
アストロンの格好は確かに制服よりはラフな感じがするけど、普通に外を出歩いても大丈夫そうな服装だった。帯刀もしているし。まあこいつの剣は国宝だから仕方ないかもしれないが。そう言えばアストロンは苦笑した。
「っ!!アキレア!!」
「うわっ。」
勢いよく部屋の扉が開いて驚く。アキレアがホワイトレースを引き連れて部屋に来たのだ。
(各自部屋があるのに、何故俺の部屋に集まる……!!?)
アキレアは俺の部屋の中を見てジト目で俺を見てくる。なんだその目は……、え?俺、何かした?!心当たりが無くて目を彷徨わせているとアキレアは見せつけるようにため息をついた。そして部屋に入ってきた。
「って、狭いんだが?!」
「いっそ大部屋の方が良かったかしら……。いや、でもそれだとプライベートが……。」
アキレアは何か悩んでいるのかブツブツとなんか言っている。結局宿屋の人に言って少し大きい部屋に皆で寝ることになった。
アキレアはアキレアで苦労してます。
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