旅立つ勇者の覚悟
「想いを包んだり、想いで鍛える……か。」
勇者になる。
とても強い、世界を救える人物になる。
その想いで一応剣を鍛えることはできる。
でも、どうしても剣の核には向いていないようだ。
「よっと。」
空中に作り出した神聖魔法の剣を練習用の板に飛ばす。鍛えてない、神聖魔法を注ぐことだけで作る剣はこうして量産が可能だった。頑張れば剣の雨を降らせることも出来るかもしれない。
(う~ん。でも強い一本の剣を作るのとは少し違うんだよなあ。)
勇者になる決意と情熱で鍛えた剣は、簡単に作り出したものよりずっと手に馴染む。
「想いを、心を込める……か。」
本来の俺は、勇者じゃなくて聖女だ。そうだとしたら、俺が一番強く持っている想いはきっと勇気じゃないんだろう。だから上手く剣に包んで、剣の核にできないのだ。
つまり、相応しい想いは……
「っ……。」
この世界を守るための愛というやつだろう。
この世界を守る理由。
それも愛。
世界を愛していると言い切るには俺はまだ世界を知らない。
そんな俺が世界を守る理由にできる愛は……。
「アストロン……。」
ポロリと零れたのは言葉か、雫か。
ああ、そうだアストロンに向けるこの想いは紛れもなく愛なのだ。親愛で友愛で、それ以上はダメだ。アストロンのためなら世界すら守りたいと思えてしまう、この強い想いには名前を付けてはいけない。
いつかアストロンは王になるのだろう。そんな彼の未来を守りたい。そのためなら、アストロンがいつか治める国があるこの世界を守ることができる。
俺は座ったまま剣を地面に突き立てた。顔を隠すように俯く。
(たとえ、その隣にいるのが俺じゃなくても)
魔王を倒して、用済みになった俺が、アストロンのそばにいられなくなっても
(アストロンが笑っている世界を守るためなら、俺は世界を守れる。)
聖女らしくない俗的にな理由に嗤ってしまう。やっぱり、全然俺なんか聖女じゃない。アキレアの方がよっぽど聖者らしいじゃないか。頬に熱いものがつたうのを感じる。
(……ちょうどいい。)
口から出すわけにいかないのに、際限なく湧いてくるこの想いを、剣に注げばいい。剣の中心にして、頼りない勇気と情熱と混ぜてこの剣を鍛えよう。アストロンが笑える世界のためなら、きっと俺は頑張れる。自分より大きなモンスターを前にした時の恐怖も、人間のような見た目の魔王に対する困惑も乗り越えて戦っていける。
本当はいつか、色んな事を知って答えを出せると良いのだろうけど
「とりあえず、今はこれで歩ける……。」
手に持つ剣に想いをこめて。
目元を拭い、立ち上がる。もうすぐ始まる冒険のために。
学校に通いながらだが、冒険を始める俺達は初めての冒険の前に儀式を行うことになっていた。
そのため俺達は学校が休みの土曜日に王様のところに行くことになった。貴族としての正装をしていく。
王様の前に俺とフリージア、アストロン、ホワイトレース、ライが並ぶ。
「ほ、本当に行くのか?ホワイトレース。」
傍にいた大臣がホワイトレースに話しかけていた。
マジか。ホワイトレース、大臣の娘?え?あの大臣、フリル様の旦那さんなんですか?
ちなみにこの国には大臣は2人いる。もう1人はライの父親だ。
あれ?このパーティ重役の子ども、多すぎ?
冷静に考えて王子と大臣の息子、娘って……国のトップ3の子供じゃないですか?
え?死ぬかもしれない旅に出していい存在じゃ、とてもとてもないのでは?!
「最初の装備……というか旅立ちのアイテムはアストロンとライに渡してある……。」
王様は少し苦いものを食べたような顔でそんなことを言った。何となくアストロンを見たら、彼もこっちを見ていたらしい。目が合ってにっこり微笑まれた。お前、父親に何をしたんだ……。後ろでライが苦笑してるぞ?
「それから、勇者よ。」
「はい。」
「色々……色々と大変だと思うが、どうか、よろしく頼む。」
「は、はい。」
なんだろう。王様の色々……なんか魔王を倒す以外の意味合いが含まれている……ような?なんか疲れてないか、この王様。気のせいか?ちらりとアストロンを見るとやっぱりアストロンはニコニコしている。……なんかその笑顔に軽い寒気を覚えるんだけど?
「今回は行き先を指定したい。複数の山の向こうにある集落が危機的状況だからだ。」
山の向こうにある集落。今まで家と学校、たまに城……基本この城下町くらいしか行ったことがないから、どういうところなのか分からない。
「まずはその集落を救い、それから魔王城を探してもらいたい。」
王様がそう言った。人助けか……。まあ勇者なら助けるべきだよな。
「それでその集落だが、約20年前に集落の近くの山に生物がいなくなってしまったんだ。なんでも悪い精霊が住み着いて、もともと住んでいた水の精霊を殺してしまったという。それだけなら山の恵みが減るが、大きな害はなかった。山に入っても乱暴なことをしなければ怪我をすることもなかったらしい。それが最近、生物がいなくなる場所が増え、さらにその場所に近づいた人は怪我をするようになったらしい。このままでは集落も生物が住めない場所になってしまう。だからその悪の精霊を倒し、集落を救ってくれ!」
これが俺の、勇者としての初仕事のようだ。
魔王という人型の存在を、優しいアキレアに倒してもらうために、勇者として頑張る。彼女にとっては大分過酷な目的の旅なので、剣を振るうための理由が欲しかったのです。そのため前半で口に出してはいけない想いと、とにかく世界を守るという気持ちで旅立つ覚悟を固めています。
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