魔王についての授業
前半は勇者アキレア(フリージア)、後半は聖女フリージア(アキレア)の話です。
「いままで魔王を倒せなかった事例がいくつかあるが、魔王を倒せるのは勇者だけ。勇者が寿命までに魔王を倒せなかったパターン、魔王や魔物に殺されてしまったパターンなどがある。その場合は次の勇者が誕生するまで世界が悪に傾く。」
先生が魔王についての授業をしている。クラスメイト達が魔王と直接相対することが無くても、魔王がいる時代に生きているのだ。知識は必要である。
「悪に傾くとは?」
クリスが質問をする。
「魔物が人間を支配した時代もあった。王政が廃れ、犯罪を犯す人間が急増した時代もあった。今の王の一族ではない一族が悪政を敷いたこともあった。」
とにかく良いことにならなそうなことはわかったようだ。
うん。そうだよな。こういうことを考えると魔王は倒さなければいけない存在だ。
(……でも悪いことは全て魔王のせいにしても良いんだろうか?)
少しそんなことを考えながら、俺は黒板と向き合う。
「魔王に対峙した王子と勇者の話を聞くと魔王の悪のオーラの特徴が良く分かる。魔王は意識しなくても周囲の者が持っている悪の心を引きずりだすオーラを放っています。意識することでそのオーラは強くすることが可能で、悪の心が引きずり出される側は激しい頭痛などの症状に襲われます。」
つまりアストロンが魔王がいた時に苦しそうだったのはこの症状ってことか。
「この場合の悪の心とは、その人がそれをしたら悪になると認識している心のことです。極端に言えば人を殺したら悪いと思っている人の殺人欲求とかを引きずり出すような感じです。」
いい迷惑というかなんというか。
「それなら悪を悪だと思わない方にとっては無効化なのですか?」
女生徒が挙手をして質問をする。
「そうですね。そういった者はむしろ悪のオーラを心地よく感じると言います。」
苦しまないやつの方がヤバいやつなのでは?そして俺は思った。
「あれ?!俺、魔王に会ったのに何ともなかったんですけど?!」
え?!もしかして俺こそがやばいやつ?!慌てる俺を見て先生が苦笑する。
「勇者と聖者は別です。2人に与えられた神の加護は魔王の悪のオーラの影響を消す効果があります。」
「そ、そうなんですか。」
良かった……。
「なので勇者と聖者の神聖魔法の状態異常回復により、悪のオーラの影響を消すことができます。」
つまりアストロンがあの時、具合が良くなったのは俺が状態異常回復の魔法を使ったからか。咄嗟の行動だけど正しかったんだな……。俺は納得して頷いた。
「フリージアさん。」
講義が終わったので教室を出ようとしたら呼び止められた。講義は魔王についてのものだった。
「なんでしょう?先生。」
「聖女のあなたにだけ、話しておきたいことがあります。」
「私にだけ?」
疑問に思いながら耳を傾ける。
「さっきの魔王が勇者に倒されなかった話。実はその半数以上に共通点があるのです。」
共通点?首を傾げてしまう。
「それは、聖人……聖女や聖人の立場のものが魔王側に寝返った点です。」
「は?」
思わず声が漏れた。
「驚くのも無理はありません。聖人は、他の魔法で治せない怪我や病気も治せる魔法を使える存在です。勇者が何度でも立ち上がるために必要な、神の加護を受けた存在。そんな存在が魔王に寝返るなんて……あってはなりません。魔王が何度も復活し、勇者は立ち上がれなくなります。」
先生は真面目な顔をしていた。
「裏切った聖人は魔人だとか、魔女だとか呼ばれるようになるのです。しかも聖人は悪のオーラの影響を受けない……。」
「つまり、完全に自分の意志で裏切ったと……。」
「そういうことです。」
聖人が、自らの意志で勇者たちを裏切る?
「大丈夫です。」
私には断言できる。他の聖人がどうであろうと、私にはあり得ない話だ。
だって魔王は邪魔な存在なんだ。この世界にも、私にも、そして私の片割れにとっても。
少なくとも魔王がいなければ私は私になんかならずにいられた。自分のままに生きられた。先生は意外そうな目で私を見る。
「断言するとは意外です。フリージアさんは優しい聖女だから」
「魔王やモンスターにもその優しさを向ける必要は無いと思います。」
「……それを聞いて安心しました。聖人が魔王側につく理由はその優しさや慈愛、親愛、友愛、恋愛……そういったものによることが多いのでしょうから。」
私は微笑む。
魔王は倒すべき存在だ。モンスターは恐ろしい存在だ。
痛いのは嫌だし、怖いものは怖い。だから、それらに与える慈愛なんてあるはずがない。
それに、いくら魔王が愛を与えるべき存在であったとしても、私の大切な人たちよりも大切な存在にはなりえない。愛を与えるのにだって優先順位はあるはずだ。
(きっとこの助言は私が聞くべきものじゃないんだろうな。)
本当の聖女なら、魔王にすら慈愛を与えるのだろうか。優先順位に悩むのだろうか。私には分からないけれど。
でもきっと彼女も、私の片割れも心配いらないだろう。だって彼女はあんなに立派な勇者アキレアなんだから。
私はキレイに笑ってその場を後にした。
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