世界の犠牲者
「ぐぐ……聖者だけでなく、勇者までもが魔王側とか。」
「勇者が魔王側に着くのは珍しいよね。この勇者はよっぽど魔王が大切だったか、人間が嫌いだったんだろうね。」
俺はとある勇者たちの話を聞いて机に伏せった。
なんでもその前の代の聖者が魔王側についたけど、どうにか魔王を倒した。しかしそのせいで勇者と聖者に不信感を持った人間たちは次の代の勇者と聖者をもののように扱った。その果てに待っていたのは勇者も聖者も魔王側に付き、人間たちの多くの文化を破壊したという時代だった。
「これは人間が嫌いだったんじゃないですかね。」
「まあこの例があるおかげで、勇者と聖者はしっかり人間として扱うようになったよね。」
「ありがたいが……。」
普通人間を人間として扱わないとかありえなくないか?クローバーは苦笑しながら口を開く。
「君は本当にいい子だね。」
悪い言葉じゃないと思う。でもその言葉にはどこか呆れたような響きが含まれていた。
「……バカにしてます?」
「いや人の善意を信じ、悪意があると思いもしないんだろうなと思ってね。私にはとてもじゃないけど出来ないからさ。」
やはりバカにしているのでは?
「さて色んな勇者と聖者の話をしただろう。」
「はい。」
「ここで君にはもう1人の絶対に必要な登場人物について考えてもらおうかな。」
絶対に必要な登場人物?
「……あ、魔王ですか?」
勇者と聖者は魔王がいるから存在するのだ。
クローバーは大きく頷いた。
「そうとも。魔王あっての勇者と聖者だ。では、魔王とは何か。」
「え?悪のオーラをまき散らす存在……ですよね?」
授業でも習った答えを言う。クローバーは再び頷く。
「では、それ以外は?」
「え?」
「姿でも、性格でも、なんでもいい。それ以外の魔王の特徴を上げてごらん?」
特徴……?
教科書に載っている魔王の絵を思い出す。
巨大な蛙、凶暴なドラゴン、小動物サイズの肉塊、動くツタを持つ大木……。
「あります?」
「まあ、あるとしたら実体を持っているってことくらいだね。」
「実体。」
「そう、悪のオーラから生まれるモンスターと違って、ちゃんと勇者が殺せば死ぬ存在だ。」
クローバーの目が静かに細められる。
「さてさて!そこで問題です。魔王の姿はどうやって決まっているでしょうか!」
クローバーはパッと雰囲気を変えて、明るい声で言った。
「え?!姿……。」
魔王の姿……。頭に思い浮かべる魔王の姿に共通点は無い。
「あれですか!全部怖いとか!!」
教科書のイメージで答える。
「ブッブー!不正解でーす!!」
「えー?じゃあなんなんですか?」
「正解は、分かんないです!」
「ええ?!それじゃ問題になってないじゃないですか!」
「完全ランダムなのか、人間が悪だと思うものなのか、色んな姿してるんだよね。動物、植物、魔物。」
「本当に色々なんですね。」
「だから魔王討伐の大変さも毎回変わるんだよね。幼馴染が魔王だった時なんて、それはもう大変だったと思うよ。」
ひゅっと息をのんだ。クローバーは相変わらず笑みを浮かべている。
まるで俺が聞き間違えたみたいだ。
「魔王が、幼馴染……?」
「だって幼馴染だって動物だからね。」
クローバーが固まる俺を見て笑う。
「安心すると良いよ。勇者と聖者は魔王ではないから。」
それはいい報告なのだろうか。俺は何も言えなかった。
「人間が、魔王……。」
「人型の魔物だって、似たようなものだろう。」
クローバーが笑みを深める。
「魔王を倒すということは、そういうことだよ。
魔王を殺すことによって、悪のオーラをなくすとはそういうことだ。
それができる勇気を持った人間が勇者として選ばれるんだ。」
俺は両手を胸の前でギュッと握りしめた。
勇者とは、魔王を殺せる勇気を持った人間。
考えるだけで震えそうだ。
でもそれが、勇者の役目……。
(それでアキレアが選ばれるなんて、おかしいと思う。)
アキレアは優しい。俺よりずっと。本物の聖女のように。でも俺は勇者じゃないから、アキレアにこの業を背負わせなければいけない。
だって物理的に魔王は勇者にしか殺せないんだから。
「まあそう気負うことは無い。醜い肉塊かもしれないし、一本の木かもしれない。とても強そうなドラゴンかもしれないし、悪逆非道の人間かもしれない。今代の魔王の正体はまだ分かっていないんだからね。」
「でも……人間の可能性もあるんですよね。」
「もちろんだとも。
だからこそ君は学ばなくてはいけない。知らなくてはいけない。
自分のことも、魔王のことも、世界のことも。
魔王を殺してまでこの世界から悪のオーラを無くす価値があるのかを見定めなければいけないんだ。」
それはとても大きなことだと思う。世界を巻き込む責任があって、それを背負う覚悟も必要だ。そしてきっと本来は天秤にかけて良いものじゃない。
「俺なんかが、それを決めるなんて。」
「確かに君の決断は世界に悪のオーラをはびこらせる危険性がある。しかし、君がどんな決断をしても神は咎めることは無い。別に魔王側についても勇者も聖者も力を失わないしね。神は勇者と聖者にその選択を託した。その結果がなんであろうと、神は受け入れるだろう。」
「神はこの世界の安定を、悪のオーラの根絶を望んでいるんじゃないんですか?」
俺は思わずクローバーにそう問いかけていた。クローバーは俺の質問を笑い飛ばすように言った。
「そう思ってるなら魔王すら愛そうとする聖者なんて必要ないだろう。」
「……確かに。」
「私の考えでは、神様も悩んでいるんだと思うよ。こんな世界にしてしまったことを、悔やんでもいるんだと思う。その上で悪のオーラをふりまく魔王が存在していても良いのかを、人間に選ばせようとしている。……私からしてみれば魔王も勇者も聖者も、皆等しく世界の犠牲者だ。」
「世界の犠牲者……?」
「選ばれしものなんて、皆そんなものだと思わないか?」
どこか遠くを見ながら微笑むクローバーに、俺は何も言えなかった。
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