間話 王子の憂鬱
本編で正体が明らかになったので。
この国は良い国だ。お父様もお母様も僕を思ってくれているし、周りの皆も良い人だ。たとえ裏表があろうとも、王座を狙うような奴はほとんどいなかった。
この良い国を、維持しよう。ぼんやりとそんなことを考え、口元には笑みを貼り付け生きていた。
酷くつまらなさそうだと、ライに言われたことがある。
「そう言う君は、この世界が楽しいと思うの?」
そう返したら目を見開かれてしまった。不味かったかな?ふふっと笑って誤魔化すことにする。
我儘を言わない子どもだとお母様に言われた。そんな僕が何となく
「誰も僕を知らないところで、学んでみたいです。」
そんなことを言ったものだからお父様は大層張り切った。
僕を貴族たちが通う学校の騎士クラスに入れるように色々と画策したようだ。とばっちりでライも身分を隠した上で、僕より先に様子を見に行くことになった。
「とりあえず問題がないか見てきますね。」
ため息交じりに制服に袖を通すライに僕は苦笑する。
「何か気になることは?」
「そうだなあ……。」
ライの質問に少し考えた後、僕は呟く。
「勇者……。」
「勇者?」
「この国を……未来を……任せられる人物なのか……知りたい、かな?」
ライは僕の言葉を受け止め、学校に向かった。僕はライが学校に問題がないか確認してからの入学だ。転入という形になる。勇者が悪人じゃないと良いなあ、なんてぼんやり考えながら学校の用意をする。
「勇者アキレアは良い奴だよ。優しくて強い。あれは善良とか、そういう言葉がふさわしい人間だと思う。」
「ふうん。」
勇者についての報告を何となく聞く。良い奴か。それは良かった。多少裏表があったとしても、良い奴であるなら国を守る協力もしやすい。
「……反応が薄い気がしますが。」
「僕はいつもこんな感じだよ。報告ありがとう、ライ。」
にっこり笑えばライにため息をつかれた。
「そうだ、身分がバレるといけないし、学校では僕に敬語じゃなくていいからね。」
「分かりました。」
寮に連れて行く使用人の選別も済んだし、そろそろ僕も学校に通わないと。僕の身分を知らない人がどんな反応をするのか。それが気になる。そしてその中で、その人物の素の人間性を見て、国の将来を考えよう。僕はそんなことばかりを思っていた。
そして転入初日。僕は笑って自己紹介をする。先生は僕が何者か知っているのでちょっと顔が引きつっていたけど、まあ及第点だろう。
自分の容姿に利用価値があるのは分かっていたから、クラスメイトが僕に注目するのは予想の範囲内だった。
そして、こういう風にガキ大将的な連中に絡まれるのも。
「お綺麗な顔してるからって調子に乗るんじゃねーぞ!!俺の家は大きな店ともつながりがある貴族の家なんだからな!!」
「転入生とか言って、学費が払えなくて入学が遅くなったんじゃねーの?」
「あり得る!!後は実力不足とかな。こんな綺麗な顔で剣なんて持ったことも無いんじゃねえ?」
悪ガキかあ。別に調子に乗ってなんていないんだけど。こういう子供でも将来的に良い臣下になる可能性はあるのかなあ。
そんなことを考えながら話を聞いていた。僕だって特別強い師匠に訓練を受けている身だ。負ける気はしないけれど、面倒を起こすも嫌だな。面倒すぎてあくびが出そうだ。俯ぎながら話を聞いていると
「……何してるんだ。」
凛とした声が、響いた。
まるで音のない世界に落ちた雫のような、ノイズだらけの世界に響く歌声のような、声が。
「ああ?勇者様じゃねーか。何だよ。俺たちと手合わせしたいのか?」
顔を上げれば、僕よりも輝きの良い金色の髪の少年がいた。どうやら僕を救ってくれるつもりらしい。
見ず知らずの、転入生の、僕を。
「ああ。それもいいな!」
強い意志が宿った瞳。身軽な動きで、剣を滑らせ宙を舞い、あっという間に僕に絡んでいた3人を倒してしまう少年。僕は彼から目を離せなかった。
なんて、強い光。
薄暗かった僕の世界を切り裂いて、開いて、鮮やかな色彩を突きつける光。
「大丈」
「ありがとうございます!!」
「うわ!?」
僕の方に向き直ってくれた少年に思わず飛びついてしまう。
「すっごく強いんですね!!お名前は?僕はアストロンです!!お礼させてください!!って、さっき勇者とか言われてましたよね?もしかしてあなたが噂の勇者様なんですか?!」
自分の情報収集力が嬉しい。勇者。かれこそが勇者なら、僕は彼の正体が分かる!この場限りでお別れせずに済む。
「あの……どいてくれないか?」
「あ!!すみません。押し倒しちゃって。でも僕すごく感動しちゃったんです!!あなたがすっごく強いから!!それでお名前!お名前を教えてください!!」
ライから話を聞いていたし、ライにきけば彼の名前をしっかり知ることはできるだろう。けれど僕は、少年自身からその名前を聞きたかった。
「お名前!お名前!お名前をお教えください!!とっても強い、勇者なあなたのお名前を!!」
我を忘れて質問してしまった自覚はある。今まで生きてきた中で一番テンションが高いんだ。少しは多めに見てほしい。彼はそんな僕にため息をつきながらも答えてくれた。
「アキレア。」
「はい!!アキレア!!覚えました!!」
嬉しさでついその場ではねてしまう。こんなにも感情の制御ができなかったことが今まであっただろうか。
「アキレア!ありがとうございます!!面倒ごとは起こしたくなかったので助かりました!!」
「それは何よりだな。」
勇者のそばにいられる方法は分かっている。
「アキレアはとっても強いんですね。僕もアキレアの隣で戦えるように頑張ります!!」
強くなればいい。強くなって隣で戦えるようになればいいのだ。
王子である自分が勇者と旅をするのがどれほど難しいことなのかは、何となくわかる。けれど、それでも僕は彼と一緒にいたいと思った。
「じゃあ頑張れよ。アストロン。」
「はい!!頑張りますね!!」
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